J名門の“シャレン!”でつながれた命 理想的なモデルケース…今後必要な情報共有「全クラブにできないかと」

スタジアム巡回活動の拡大に求められるアイデアとは【写真提供:横浜F・マリノス】
スタジアム巡回活動の拡大に求められるアイデアとは【写真提供:横浜F・マリノス】

スタジアムの巡回活動を拡大していくためのアイデア

 横浜F・マリノスは2019年からJリーグ社会連携活動の「#命つなぐアクション」に取り組み、地元の大学と協同し本拠地の救護体制を支援する巡回活動や心肺蘇生法の講習会などを実施している。クラブは使命とするこれらの活動に対し、他クラブとの連携をどのように考えているのか。そして、思い描く「#命つなぐアクション」の理想的な未来とは。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治/全2回の2回目)

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 横浜F・マリノスの本拠地「日産スタジアム」では、公式戦開催に際し日本体育大学保健医療学部救急医療学科(以下、日体大)で救急救命士を志す学生と救急救命士資格を持った大学院生または教員により構成される「ライフサポートチーム」が傷病者の確認や治療のための巡回活動を行う。2022年5月から行われている会場の救護体制をサポートするこの活動は、クラブが取り組むJリーグ社会連携活動(通称:シャレン!)の1つ、「#命つなぐアクション」の一環だ。

 このようなクラブとホームタウンにある大学との連携は、「地域密着」を理念に掲げるJリーグの理想的なモデルケースで、カテゴリーを問わずどのチームでも展開されていくことが望まれる。では、現状はどうなのか。今季J1の20クラブを対象に聞き取り調査を行ってみたところ、これまでに部分的な実施を含め巡回活動の実績があるとしたのは5クラブ。そのほかの15クラブは実績なしとの実態が分かった。

 もちろん、クラブによってリソースや事業のプライオリティが異なるのは事実。スタジアム巡回活動が行えていないことを問題とし、責任の目を向けることはできない。とはいえ、スポーツ界として重要な行動である。「#命つなぐアクション」をクラブの使命とし、活動をリードしてきた横浜F・マリノスは、スタジアム巡回活動の拡大に何か考えを持っているのか。構想の有無を地域連携部ホームタウン課の神原一輝氏に尋ねたところ、次のようなアイデアを明かした。

「横浜F・マリノスが普段行っている活動で起きた事例を詳細なレポートとしてまとめ、全クラブに共有できないかと考えています」

 この考えには、とりわけ地方のクラブに向けた配慮がある。

「ホームタウンが地方に集中しているJ2・J3のクラブとなると、人的リソースやスタジアム近隣の医療機関の数に不安があると考えられますから、事前に情報発信ができていれば試合開催日に向けて余裕を持った準備に役立てられると思います。こういうトラブルが起きた時は、こうすればいいと。そうしてそのクラブにノウハウが蓄積されていくと、やがて我々のような巡回活動を独自に実施できるかもしれません」

 さらに神原氏は、2026年からシーズンが春秋制から秋春制へと移行するのに伴い、安全・安心に関わる情報交換をクラブ間でより積極的に行っていく必要があるとの考えを示す。

「寒い時期の試合開催日が多くなるわけですから、会場外では道路の凍結といった事態、会場内では低体温症のリスクの高まりなどが想定され、一部クラブにとってはあまり考えてこなかったトラブルへの準備が必要なのは明白です。なので、クラブが集まっての勉強会のような場があっても良いと思います。こうした共助の姿勢がサッカー界として必要なのは間違いありません」

横浜FMアカデミーコーチらを対象に行われた救急救命の講習会の様子【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
横浜FMアカデミーコーチらを対象に行われた救急救命の講習会の様子【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

サッカーの力を活用し救える命を1つでも増やす

 2011年に急性心筋梗塞で急逝した元日本代表DFの松田直樹さんが長く在籍したクラブとして、横浜F・マリノスがリードしてきた「#命つなぐアクション」。スタジアム巡回だけに限らず、心肺蘇生法やAEDの使い方などを学ぶ救急救命の講習会も活動の大きな柱を成す。

 2019年から「#命つなぐアクション」を続けてきたなか、救急救命の知識はファン・サポーターの間で確実に定着してきた。それを証明する次のようなエピソードがある。

「ホームタウン内の清掃活動を行っていた時でした。現場の最寄り駅から出てきた人が体調を悪くして倒れたことがあったんです。すると、同じく駅から出てきた人の中に横浜F・マリノスサポーターがいて、その方はたまたまクラブが実施している心肺蘇生法の講習会を受けていたため、周囲と連係し意識の確認から救急車の要請、時間ごとの処置の記録といった対応を行ってくれました。心肺蘇生法の講習会は地道な草の根活動ですが、続けている以上は参加者の中に技能が根付くのだと再認識しました」(神原氏)

 1分1秒が命の分かれ目になる可能性があるなかの見事な対応。ただ、こうした初期対応の知識習得には大きな壁があるそうだ。日体大保健医療学部の鈴木健介教授は、心肺蘇生法の講習会における課題をこう指摘する。

「もちろん胸骨圧迫(心臓マッサージ)も大切ですが、それ以前の心臓を押すべきか否かの判断がそもそも難しいと感じています。そして、その判断やそれまでにすべき対応にフォーカスした講習会がとても少ない印象です。実際、心停止の場面に直面するよりも、体調の悪さを訴える人に遭遇し緊急性をどの程度のものか判断を迫られる頻度の方が確実に多い」

 それでも、こうした課題の解決をプロサッカーというライブエンターテイメントが担えると鈴木教授は主張する。

「例えば、Jリーグの試合日にスタジアムに集まった人たちで一斉に心肺蘇生法の講習会を行えば、多くの人が知識を習得できます。その際、胸骨圧迫のリズムに適した音楽をかけるなど楽しいと感じてもらえる工夫も必要でしょう。

 心肺蘇生法の講習会はとても神聖なもので、ニヤニヤしていたら怒られるんじゃないか、真面目にでなければならないといったイメージが強いのではないかと思います。しかし、それでは多くの人に届けることができません。サッカーの力を活用した既存の概念を覆す方法を実現し楽しく学ぶことができれば、一生にあるかないかの場面で学んだことが生かされ、救われる命が1つでも多くなるはずです」

一般社団法人横浜マリノス地域連携部ホームタウン課の神原一輝氏【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
一般社団法人横浜マリノス地域連携部ホームタウン課の神原一輝氏【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

サッカーファミリーの力で安全・安心なJリーグを

「救える命を、ひとつでも増やすために。救える術を、ひとりでも多くの人に。」

これは、「#命つなぐアクション」の根本理念である。「つなぐ」という言葉にある通り、救える命が増えるのに加え、サッカー界を中心に命を救うための術も大きな輪となってどこまでも広がっていかなければならない。神原氏は思い描く理想の未来とともに、今後クラブとして注力すべきと考えるポイントを次のように述べる。

「ファン・サポーターの人たちには、講習会で学んだ心肺蘇生法の知識を周囲に伝えてもらえるようになってほしいと考えています。そうすれば、それがその人にとっての新しい第一歩になります。良い連鎖を生んでいく。そのために、クラブとしてどのような取り組みができるかを検討し、今後の活動へ尽力していかなければいけません」

 Jリーグは安全・安心――誰もが胸を張ってそう言える環境の実現を願い、最後に松田直樹さんの姉・真紀さんから以前取材で伺った理想の未来像についての言葉もここに記しておきたい。真紀さんは横浜F・マリノス以外のクラブにも足を運び、心肺蘇生法の講習会の場で自身の思いを伝え続けている。

「現在は全国に60ものJリーグクラブがあり、それぞれの地域に消防や医療機関、大学などがあります。そうしたなかでクラブと地域が連携を図り、みんなの力で地域を守るという状況がサッカーを通して実現されてほしいですし、『やっぱりサッカーって楽しいよね』とみんなが笑顔になり、その笑顔が守られる、そのための社会連携活動がもっと広まってくれたらと願って止みません。

また、サッカーファミリーの温かさが伝わることで、子供たちが心肺蘇生法などに興味を持ってもらえたらとも思います。そうやってサッカーに関わる全員で安全・安心が守られていく、その環境実現が私の理想です」

(FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治 / Ryoji Yamauchi)



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