J名門×大学…本拠地の安全支える巡回活動 「技術・知識を総動員しなければいけない」現場の実態

横浜F・マリノスと日本体育大学が行うスタジアム巡回活動
サッカースタジアムで誰もが試合観戦を楽しめるその裏には、安全・安心を守るために尽力する人たちの存在がある。Jリーグ名門、横浜F・マリノスはそのための活動をホームタウンの大学と連携しスタジアムの巡回活動という形で行っている。その実態に迫るとともに、活動がJリーグ全体へ広がっていくために必要なことを関係者に訊いた。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治/全2回の1回目)
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横浜FMの本拠地「日産スタジアム」で行われる公式戦、そのキックオフ4時間前から人知れず始まるもう1つの戦いがある。勝ち負けがあるわけではないが、同じ現場などないなか、健康や命に関わる責任を負っての真剣勝負という点でそう表現していいのかもしれない。
そんなスタジアムの安全・安心を支えるべく奮闘しているのは、日本体育大学保健医療学部救急医療学科(以下、日体大)で救急救命士を志す学生と救急救命士資格を持った大学院生または教員によって構成される「ライフサポートチーム」だ。AEDと救護セットを携行し、傷病者の手当や意識不明者の救命処置を目的に、試合前後の時間を含め会場内の巡回を行う。背番号「3」がついた赤いビブスに身を包んで。
これは、横浜F・マリノスが取り組むJリーグ社会連携活動(通称:シャレン!)の一環である「#命つなぐアクション」内の活動の1つ。2011年に急性心筋梗塞で急逝した元日本代表DF松田直樹さんが長く在籍したクラブとして、心肺蘇生法やAEDに関する講習会などの実施も含め、救える命をひとつでも増やすため、救える術をひとりでも多くの人に伝えるための使命を全うする。
今年8月9日、ニッパツ三ツ沢球技場(横浜市)で行われたJ1リーグ・横浜FC対浦和レッズの一戦では、サポーターの体調が急変するアクシデントが発生。このことは、AEDを持って駆けつけたのが、横浜FCコーチで現役時代に松田さんと横浜FMでともにプレーした元日本代表MF中村俊輔さんだったこともあり大きな注目を集めた。この時、筆者としてはさまざまな条件次第でスタジアムでの体調急変や、場合により命に関わる重篤な状態に陥ることは誰にでも起こり得るのではとの思いを改めて抱いた。
そんなこともあり、スタジアムの安全・安心を支える日体大の巡回活動とはどのようなものか、その実態を知っておきたいと思ったのだ。そこで、9月13日のJ1リーグ・川崎フロンターレ戦での同行取材を行った。

医療機関ではない環境下での難しさ
冒頭で活動の開始がキックオフのかなり前だとしているのは、あらゆる不測の事態に対処できるよう入念な準備に時間を割くためだ。スタンドやコンコース、さまざまな場所での傷病者発生を想定し、患者役を見立て1回20~30分のシミュレーションを実施。この時、患者の健康状態や同伴者の有無、来場の手段といった聞き取りをはじめ、救護室までの搬送経路、手当の手順、ストレッチャーを搬入できるエレベーターの位置と台数など、確認事項は非常に多岐にわたる。
当日に参加していたのは学生7人・大学院生1人・教員4人の計12人。うち1年生が5人という顔ぶれだったので、少々驚いた。救急救命士を志しているとはいえ、大学生活そのものに慣れた頃だろう。1年生ではファーストレスポンダー(応急処置を行う初期対応者)の教育課程を履修するとのことだが、現場で受けるプレッシャーは想像に余りある。そんなことを考えながらシミュレーションに見入っていると、担当教員の1人が耳元でこうつぶやいた。
「学生は持ち得る技術・知識を総動員し、その場で最善を導き出さなければいけないわけです。そうやって得た経験は必ず今後の役に立ちます」
この日も同様、体調の改善がなかなか見られない傷病者には教員や救命士資格を持つ大学院生が主体となって対応に当たる。2人1組で巡回を行う学生の対応範囲は傷病者の確認や救護室までの同伴、医療物資の搬送とある程度制限されているのが実際だ。それでも、活動への難しさを実感するという。巡回活動を数回行ってきた2年生の下澤美海さんはほかの実習との違いをこう指摘する。
「病院実習も行いましたが、スタジアムの巡回活動とは全然違います。病院はそもそも体調が悪い人が来る所なので、症状の判断がそこまで難しくありません。しかし、スタジアムは医療機関ではありませんから、具合の悪そうな人が本当にそうなのかうまく状態を聞き出し、症状を見極めなければいけません」
一方で、課題とともに今後の目指す姿も見出している。
「スタジアムでの活動がまだ少ないので、緊張が患者さんに伝わって安心してもらえないことがあります。なので、安心してもらえるよう対応のスキルも高めていきたいと思っています。“声の安心”は医療機関でも生かせると思うので」

スタジアム巡回活動を広めていくために必要なこと
横浜FMと日体大による巡回活動は、医療人材の育成やスタジアムの安全・安心の確保の観点で相互に還元されるものが多く、理想的な社会連携と言える。しかし、Jリーグ全体としてスタンダードになっていない。日体大も2022年5月から現在の活動を続け、ノウハウが蓄積されてきた。全国的に広がっていくために何が必要なのか、同大保健医療学部の鈴木健介教授に見解を尋ねた。
――他クラブでもスタジアムの巡回活動に取り組む場合、必要なことは何でしょうか。
鈴木 乗り越えるべき課題が2つあります。1つは現場の教員や救命士に十分な臨床的能力が備わっていることです。確かな判断をできる存在がいれば、経験の少ない学生にここまでなら任せられると対応の線引きが可能になります。逆にそうした教員や救命士がいなければ、現場の運営が成り立ちません。
2つ目は現場での“教育”が可能かという点です。救急救命のプロだけを集めれば、もちろん現場は円滑に回ります。しかし、教育となると話は別です。教育では、自分で対応した方が速いケースが多々あったとしても、学生らを見守り待つことが求められる。そこで初めて、対応にあたった人は技能を身につけられる。そうやって救急救命のノウハウのある人が増えるほど、組織は強くなります。
また、大学がJリーグクラブと協同して行うスタジアムの巡回活動は、災害医療とアプローチの部分で似たところがあります。それは、協力相手や関係する人たちが何を大切に思っているかを理解し、そのうえで自分たちには何ができるかを考えなければならない点です。もともとよく知っている間柄であれば活動開始に際して「よく来てくれた」となりますが、そうでなければ受け入れ側が困ります。もし協力側に不手際があれば、受け入れたクラブに精神的なダメージが残る恐れもある。
なので、私も活動を始めるにあたり、横浜FMというクラブだけではなくファン・サポーターがどのような思いを抱いているかを知るためにファンクラブに入会しました。そして1年間、活動を通じてクラブにとって何が必要なのか勉強を重ねました。
――スタジアムで具合が悪くなったとしても、観戦に戻りたいと希望するファン・サポーターは一定数いるかと思います。医療機関ではない環境下で肝要なスタンスとは?
鈴木 最終的には傷病者本人やその家族が決める、意思を尊重するという点を私たちは一番に考えています。症状が明らかに重い場合でも、病院に絶対行った方がいいと勧めはしますが、それでも決定を本人に委ねることを大原則にしています。
ファン・サポーターは救護室や病院に行きたくてスタジアムまで足を運んだわけではありません。なので、病院と同じ感覚でファン・サポーターに接するのは違うのではないかと。週末のためにいっぱい働いて会場へ来ている、家族でこの日を楽しみにして来ている、そんななかで予期せず体調を崩した、怪我をしたわけですから。
そういう背景を想像し、相手に寄り添うことが大切です。そのうえで、「『何もなくて良かった』で済むと思いますから、救急車を呼んだ方がいいですよ」といった声かけをするようにしています。最初は寄り添い、そこから様子を見つつ、病院へ行く必要があると判断すればその旨をストレートに伝える。ただ、そこまでに十分なコミュニケーションを取って相手がこちらの言葉に納得してもらえるだけの信頼関係を築かなければなりません。だからこそ、一方的に指示する、こっちは医療従事者だからという姿勢ではうまく運営できない。サッカーを観に来た人にとってベストな選択肢は何かをまず考え、会話の情報も分析しつつ最善策を提案するようにしています。
――医療人材が限られている地域のクラブに何か提案はありますか。
鈴木 私たちが行っている活動をしようとすれば、どうしても人手が必要になりますから、中長期的な視点に立った人材育成を考える必要があります。なので、興味があるクラブは、ぜひ一度活動の見学に来てほしい。そうした時に、地域で信頼があり活動のコーディネート力がある人や現場での指導者育成を担える人といったキーパーソンがクラブ関係者と来てくれることが理想です。そこで実際に活動を体験してもらえれば、学生らへの指導も行え、一番良い形で理解へつながるのではないでしょうか。
(FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治 / Ryoji Yamauchi)





















