涙腺を決壊させた名将の振る舞い「安心しろ」 “戦犯扱い”から誓う挽回「前へと進むだけだ」

ブラジル代表のファブリシオ・ブルーノ【写真:徳原隆元】
ブラジル代表のファブリシオ・ブルーノ【写真:徳原隆元】

ブラジル代表DFファブリシオ・ブルーノはミスから失点献上

 森保ジャパンが成し遂げた歴史的な大逆転勝利の舞台裏で、思わず涙したブラジル代表選手もいた。痛恨のパスミスで南野拓実の追撃ゴールをお膳立てし、中村敬斗の同点弾もクリアミスした29歳のセンターバック、ファブリシオ・ブルーノ(クルゼイロ)が取材エリアで涙腺を決壊させた理由に迫った。(取材・文=藤江直人)

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 口髭だけに加えてあご髭もたくわえたファブリシオ・ブルーノの強面が思わずゆがんだ。

「私が試合後に最初に受け取ったメッセージは、妻からのものだった。私を励まそうと、私に自信を取り戻させようとブラジルから送ってくれたものだが、直後にさらに私を驚かせることが起こって……」

 過去の対戦成績で11勝2分、総得点35に対して総失点5と攻守両面で圧倒していた日本代表に2-3で逆転負けを喫した直後。自らのミスで日本を勢いづかせるゴールを献上し、同点とされた場面でもクリアし損ねたブラジル代表のセンターバック(CB)ファブリシオ・ブルーノは涙腺を決壊させた。

 夫人から届いた激励メッセージに心を震わせていたわけでも、ましてや自身が犯した痛恨のミスを悔しがっていたわけでもない。試合後の公式会見を終えてロッカールームに戻ってきたイタリア出身の名将、カルロ・アンチェロッティ監督の立ち居振る舞いに心を打たれていたブルーノは必死に声を絞り出した。

「カルロは戻ってくるなり私を抱きしめて『大丈夫だ。神と私が君と一緒にいるから安心しろ』と言ってくれた。さらに(キャプテンの)カゼミロもロッカールームで私を鼓舞し続けてくれたんだ」

 華麗なパス回しから前半26、32分にブラジルが立て続けにゴールをゲット。5-0で圧勝した10日の韓国代表との国際親善試合(ソウル)の再現も予想された一戦は、後半に入って状況が一変した。

 ミドルブロックを敷く形を改め、最前線からプレスを連動させる戦い方へと転じた日本が一気にプレッシャーを強めてくる。迎えた7分。鎌田大地に間合いを詰められたルーカス・パケタが、ペナルティーエリア内にいたブルーノへバックパス。しかし、ここでも1トップの上田綺世が素早くプレスをかけてきた。

 上田のプレスを回避しようと、ブルーノはもう一人のCBルーカス・ベラウドへ横パスを送る体勢に入った。そして右足を振り抜くモーションに入って初めて、パスコースをさえぎろうとスプリントしてきた南野拓実の存在に気がついた。慌ててプレーを中断させようとしたが、ブルーノの右足は止まらなかった。

 体勢を崩して尻もちをついてしまったブルーノは、自身が放たれたプレゼントパスを冷静にトラップして、すかさず右足でゴールネットを揺らした南野の一連のプレーを見送ることしかできなかった。

「あの場面では必死にプレーを止めようとしたが、ボールの上に自分の右足が留まってしまったんだ……」

ブラジル国内でキャリアを積んだ

 クルゼイロの下部組織で心技体を磨いたブルーノは、20歳だった2016シーズンにトップチームへ昇格。翌2017シーズンからはシャペコエンセへ2年間にわたって期限付き移籍して武者修行を積んだ。

 2020シーズンからブラガンチーノ、2022シーズンからはフラメンゴへ完全移籍。ブラジル国内でキャリアを積み重ねてきたブルーノは、昨年3月23日のイングランド代表との国際親善試合で28歳にして念願の代表デビュー。1-0の勝利に貢献すると、3日後に行われたスペイン代表との国際親善試合でも先発フル出場した。

 しかし、攻撃陣だけでなく守備陣も選手層が厚いサッカー王国ブラジルでは、なかなか次のチャンスが巡ってこない。今シーズンからは古巣のクルゼイロへ復帰。アピールを続けたブルーノはアジア遠征が組まれた10月シリーズで代表復帰を果たし、リザーブのままで終えた韓国戦をへて日本戦で先発に名を連ねた。

 そのなかで日本のモチベーションを一気に高め、大逆転負けへとつながる痛恨のミスを犯した。ブルーノは「テクニックに優れているだけでなく、非常によく組織されたチームで、私自身、試合を通じて彼らのプレーに感銘を受けたほどだ」と勝者を称えたうえで、自身のミスに対して次のように言及している。

「間違いなく人々の印象に残る場面だったと思うが、あのような瞬間を介して人間はさまざまな教訓を得ていく。あのミスを乗り越えていくためには、自分のプレーに対する明確な認識と、何よりもメンタル面での回復力が必要になる。これから直面していく状況に、選手として、一人の人間として感謝すべきだと思っている」

 ブラジル国内のSNSでは、ブルーノに日本のユニフォームを着せた合成写真が拡散されるなど、屈辱的な黒星の戦犯としてすでに大炎上していた。しかし、会見で「個人のミスはその選手が代表から外れる理由にはならない」と明言したアンチェロッティ監督は、ロッカールームでの行動で自らの言葉が嘘ではないと証明した。

 思わず涙を流すほど鼓舞されたブルーノは、今後へ向けて覚悟と決意を新たにしている。

「ひとつのプレーで選手としての価値が決まるではないし、ましてや私のキャリアが決まるわけでもない。何よりも私はこの場(代表チーム)にいるためにずっと努力してきた人間だ。ファンやサポーターは起こってしまったプレーを批判したいとする、臆病な気持ちをどうかもたないでほしい。誰もがミスをするし、残念ながら今日は私の番だった。いまはすべてを受け入れて分析して、整理しながら前へと進むだけだ。クラブへ戻り、次も必ずチャンスを手にできると信じながら、努力を積み重ねていくことしか考えていない」

 脳裏に思い描いているのは、30歳にして来夏のワールドカップ北中米大会に臨む自分自身の姿。涙をエネルギーに変えながら、ブルーノはクルゼイロでのプレーを介してアピールを繰り返していく。

(藤江直人 / Fujie Naoto)



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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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