ブラジルのロマンは終焉したのか 広角レンズで撮った若きロナウド…過去から見る現代への適合

公開練習で撮影した約30年前のセレソン
ワールドカップで最多となる5度の優勝を果たし、世界のサッカーシーンを牽引するブラジル代表が10月14日に東京スタジアムで日本代表と対戦する。人々が注目する強豪国としての自負を持ち、あるべき姿を追求しているセレソン(ブラジル代表の愛称)だが、ときの流れによって近年はそのあり方には変化が見られ、チームにも大きな決断が下された。過去にファインダー越しに見た若き怪物ロナウドの姿などを振り返りながらスタイルの変化に注目する。(取材・文=徳原隆元)
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もっともドラスティックな改革となったのが、初の外国人監督となるカルロ・アンチェロッティの招聘である。加えてブラシルには、ほかにも変化が見られる。かつてのカナリア軍団は華麗なテクニックを駆使した攻撃サッカーの体現に邁進し、選手たちはその目指すスタイルに絶対の自信を持っていた。相手がどうくるかなどは二の次で、自分たちがどうするのかということを念頭に置き試合へと臨んでいた。
だが、情報社会となった現代はサッカー界にも大きく影響を及ぼし、対戦相手の研究が容易な環境を作り出している。どのチームも例外なくスタイルが詳細に研究され、対戦チームの対策はより緻密で効果的なものになっている。
そうした環境では、たとえ世界屈指のスーパーテクニシャンたちが揃うカナリア色の精鋭たちでも、さすがに自分たちが理想として掲げる、我が道ばかりを見ているわけにはいかなくなった。ブラジルのスタイルは2018年ロシアW杯、22年カタールW杯で指揮を執ったチッチ監督のチームから、現代サッカーに合致したスタイルへの変化がより顕著となり、試合へと臨む過程も重要視するようになっている。
近年では世界的に代表、クラブを問わず情報の規制や選手たちの集中力を高めるために、報道陣に対して練習を非公開にすることが増えた。
翻って30年ほど前のブラジルには、そうした対応はあまりなかった。94年にセレソンの合宿地であるリオ・デ・ジャネイロ州にあるグランジャ・コマリでの取材では、写真撮影において規制を受けることはほとんどなかった。当時、撮影したポジフィルムには、のちの02年日韓W杯で優勝と得点王のダブルタイトルを獲得する若き怪物・ロナウドに、近い距離から広角レンズを向けてシャッターを切っている。そして、このときの取材ではロナウドに限らず、ほかの選手たちにも近い距離で撮影した写真が残っている。

ドイツW杯での“お祭り” 準備期間における変化
2000年代に入ってもそうしたブラジルの、隠すことなどなにもないという姿勢は続く。06年ドイツW杯において、ブラジルは事前の合宿をスイスのウェッギスで行っているが、なによりその特異性は練習を有料で人々に公開したことだ。
結果、優勝候補に挙げられていたブラジルは準々決勝で敗退することになる。振り返ると世界一に到達できなかった原因はさまざまなことが挙げられるが、その一因としてこの本大会前の“お祭り”となったスイスキャンプが、選手たちの集中力に影響を及ぼしていたことも可能性として挙げられる。
ブラジルはこうした苦い経験によって、スター選手が揃っていたとしても慢心することなく、プレースタイルを時代に合致したものへと変化させていき、加えて試合までの準備を重く見るようになっていく。
前回、22年6月6日の国立競技場での対戦でブラジルは練習を公開したが、撮影は選手たちとの距離が離されたスタンドからとなった。見ればその練習は前線から積極的に守備を行い、ボールを奪って素早く仕掛けるという動きを繰り返していた。もはやこれみよがしにボールを回して、多くの手数をかけて相手の守備網をきりきり舞いさせていた、ブラジルの代名詞だった遊び心と他国には真似のできない魅せるテクニックを内包したサッカーは鳴りを潜めていた。
そうした人々が思い描くブラジル的なサッカーは、もはや現代では見ることはできないのかもしれない。
ブラジルがもっとも輝いていた60年代から70年代に選手と監督で、さらに94年アメリカW杯ではテクニカルコーディネイターとして世界制覇を経験したマリオ・ザガロは、98年フランスW杯で再びセレソンの指揮官の座に就任している。本大会を前にしてマリオ・ザガロにインタビューをする機会があったが、百戦錬磨の老将との会話のなかで印象的だったのが、スペクタクルという言葉を多用していたことだ。

新たな時代に突入したブラジルサッカー 日本戦ではどのような姿を見せるのか
マリオ・ザガロは自らがプレーし、そして指揮を執って体験した、芸術性にあふれたスペクタクルなスタイルを、2人のボランチを置くなど現代風なアレンジを加えながら、ひたすら貫くことによって、サッカーというスポーツにおけるブラジルのあるべき姿の真価を見出そうとしていた。だが、現代サッカーではマリオ・ザガロが求めていた、個人の能力を主役とする、旺盛な攻撃精神から生み出されるダイナミズムを表現した、60年代へのロマンを求める試みは、もはや終焉したと言える。
ただ、美しき時代のロマンを求めることを止めたブラジルだが、展開するサッカーが面白みを欠くかといえば、必ずしもそうではない。高い基本技術を持った選手たちによる、相手の急所を的確に突く、スピードに乗ったミスの少ないサッカーからは、集合体による整然とした機能美の光が差す。これに個人技がアクセントとして加わったサッカーが、いまのブラジルのあり方だ。
しかし、それでもブラジルは前回のカタールW杯で、世界チャンピオンの座に届かなかった。この世界の舞台における沈黙を破るため、名将カルロ・アンチェロッティを迎え大きな転換期にあるブラジル。新たな指揮官を迎え、来年開催のW杯優勝を目指すブラジルが東京でどんなサッカーを展開するのか注目される。
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。




















