練習初日に伝えた「僕は失敗した人間」 パワハラ問題を経て…再構築した“人間関係”

京都の曺貴裁監督「言っても頭に入らないだろうと思うことは言わない」
湘南ベルマーレ時代のパワハラ問題を真摯に受け止め、指導者としてゼロから再出発し、2021年から率いた京都サンガを1年で最高峰リーグに引き上げた曺貴裁監督。再起の過程のなかで選手1人1人としっかり向き合ってきたことは前回触れたが、言葉の使い方や伝え方を見直し、多少の変化を加えたという。(取材・文=元川悦子/全8回の3回目)
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「流通経済大学で宮本(優太=京都)や満田(誠=ガンバ大阪)たちを指導させてもらったときに気づいたのは、『自分が言うよりも他の人に言ってもらった方がいいと判断したら任せる』ということですね。
それまでは育成から指導者をやってきたこともあって、目に付いたことを選手にけっこう、いろいろと言ってしまっていました。でも全部を僕に言われるのではなく、他の人を通じて伝えてもらった方が効果が上がることもある。スタッフと連携しながらアプローチしていく重要性を中野(雄二)先生から学ばせていただいたんです。
翌年に京都に来て、初日の練習で言ったのは『僕はそういう問題で失敗した人間だから、みんながミスすることを咎めないし、怒らない』ということ。『僕も一緒にチームを強くしたいから、うまくなりたい気持ちを失うことなく取り組んでほしい』とも声かけして、そこから地道に人間関係を築いてきた感じですね」
新指揮官は胸襟を開いて語りかけたのである。
幸いにして、コーチングスタッフにも恵まれた。新天地1年目は同い年の長澤徹ヘッドコーチ(現大宮監督)を筆頭に、現役時代に浦和レッズで共闘した杉山弘一コーチ、湘南で一緒に働いた石川隆司コーチ、西形浩和フィジカルコーチら気心の知れたスタッフに囲まれていたことで、「全員で1つになって戦っていこう」という前向きな空気感を醸成しやすかった。
「選手も湘南時代に自分とやっていた松田天馬や武富孝介もいましたけど、大半は全然知らない選手。新たに関係を作っていく必要がありました。でも自分は特におべんちゃらを言って寄り添っていくようなタイプじゃない。もう1回、真摯に人と付き合うことだけを考えました。
湘南時代との一番の違いが何かと言われたら、『言っても頭に入らないだろうと思うことは言わない』ということくらいかな(笑)。『今、言わない方がいい』と判断したら、1日2日後とかじゃなくて、2~3か月後に言うとか、長い目で見てアプローチするようになったのは確かです。そのあたりを見て、天馬なんかは『湘南のときと違う』と思ってるかもしれないよね」と曺監督は笑顔をのぞかせたが、選手に近寄りすぎず、言いすぎないというスタンスに変化したようだ。
確かに令和の若者は上から目線でガミガミ言われることに慣れていない。褒める方が伸びると言われ、大事に育てられてきたからだ。昭和・平成初期の厳しいアプローチが当たり前だった年長者から見ると「甘い」ということになりがちだが、多少は彼らに寄り添わなければ、目に見える効果が出にくいのも事実だろう。
「昔は試合に先発から外した選手、使わなかった選手にいちいち理由を説明していましたけど、『全部話さないといけない』という状況にはしたくないので、最近は何も話さないケースの方が多くなりました。それこそコーチなど別の人間から伝えてもらうこともありますけど、『余白』を与えて選手自身に考えてもらうことも重要だなという思いもあります。
京都に来てからは『曺さん、ちょっとそれは言いすぎです』という状況になったことは1回もないかな。『このプレーはよくないね』でいったん終わりという感じです。
湘南時代は『なぜそうなったのか』を1つ1つ気づかせようとしていた。そうなれば、当然、選手個々人と接する時間も回数も増えますよね。スタッフの人数が少なかったりして、何かをやることも多かったのもありますけど、京都では現場の監督として専念させてもらっています」
トレーニングにしても、全て曺監督が担当するわけではなく、パートごとにコーチに任せることも増えてきた。就任1年目はまだ彼自身がピッチに立って1つ1つ指示を出していたというが、年月の経過とともに分業制が進み、選手との意思疎通もコーチが担うことが多くなってきた。今ではコミュニケーションを取るのはピッチ内だけといっても過言ではない状況になっている。
その構造、チームマネジメントの仕方は、日本代表の森保一監督のやり方に似ているのかもしれない。
「森保さんが第2次体制で総監督的な立ち位置になったという話は、航(遠藤=リバプール)からも聞きました。名波(浩)コーチや斉藤(俊秀)コーチらが練習を主導的にやっているようですね。
自分の場合は毎日チームを見ていますし、『ここは伝えたい』というところは自分でやりますけど、今は選手たちも僕よりもコーチの方が身近で話しやすいと思います。古参の天馬や将平なんかは一番、僕と話しませんね(笑)。彼らは普段から何か言葉をかける必要がないほど一生懸命やってくれていますし、この上ないものを見せてくれている。メンバーに選ばないときにわざわざ理由を言うのが“嘘くさい”かなと思うんです。
逆に、若い選手にはいろんな意味で彼らを見習ってほしいという話をすることもあります。そういう見本になるような選手を尊重しつつ、いい人間関係を構築していくことが重要ですね」
彼らしい言い回しで、選手をリスペクトしながら、“余白のある新たな関係性”を築きつつある曺監督。4年半という月日を経て、円滑な組織ができてきたからこそ、今季の京都は強いのだろう。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。





















