日本人所属の英クラブが放つ強烈な野心 「昇格はいつになるか」の世界…強豪化が進む現在地

リーグ1からチャンピオンシップに返り咲いたバーミンガム【写真:アフロ】
リーグ1からチャンピオンシップに返り咲いたバーミンガム【写真:アフロ】

イングランド随一の野心的クラブへ変貌中のバーミンガム

 バーミンガム・シティは、同じ国内中部の古豪アストン・ビラはもとより、イングランド伝統の強豪リバプールにも負けていない。

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 一昨季に落ちたリーグ1(3部)から、チャンピオンシップ(2部)に返り咲いたばかりではある。クラブ創設は1875年。アストン・ビラの翌年で、リバプールの17年前だが、古豪とも強豪とも呼ばれはしない。プレミアリーグでは、過去20年間で降格が3回。前回2部時代の2019年には、財務上の問題でポイント剥奪処分も受けている。「豪」の字よりも、「落」や「迷」が似つかわしいクラブだった。

 それが今や、「勢」や「望」の文字が似合うクラブへと急速に変身中。持てる「気勢」と「野望」は、イングランド随一と言っても良い。

 今季チャンピオンシップには、“ハリウッド系クラブ”となり、ノンリーグ(5部以下)から成り上がり中のレクサムもいる。しかし、同じくアメリカ資本の所有物となっているバーミンガムでは、2023年のクラブ買収時から会長も務めるトム・ワグナー自らが、アマゾン制作ドキュメンタリー中で「レクサムとは違う」と強調している。

 ウェールズの弱小だったレクサムは、プレミアの仲間入りが夢。昨季、そのレクサムを2位に抑え、独走優勝でリーグ1に別れを告げたバーミンガムは、今季のプレミア昇格を現実目標に掲げ、プレミア常連としての欧州進出という未来のシナリオまで描いている。

 この鼻息の荒さの背景には、アメリカ人投資家オーナーの「商魂」が背景にある。ワグナーの母国は、英国サッカー界への投資ブーム状態。プレミアの世界的人気もさることながら、下部リーグ所属のクラブにも、建国249年のアメリカでは、どれだけ金を積んでも手に入れることのできない、歴史という魅力が存在するのだ。

 買われる英国側では、買収資金となったローンの返済をクラブに押し付けたマンチェスター・ユナイテッドのアメリカ人オーナーに対する批判と反感が根強い。だが、当人たちはどこ吹く風。プレミアでは、アストン・ビラとリバプールを含む今季20チーム中12クラブ、チャンピオンシップでも24チーム中9クラブと、米ドル注入事例が増えている。

 下部リーグにあっても、バーミンガムはオーナーに巨大な見返りをもたらす可能性を持つ。クラブ名でもある地元は、国内でロンドンに次ぐ人口第2位の都市。経済面においても、成り上がり大成功例である“シティ”のお膝元マンチェスターと、“セカンド・シティ”の座を争う。

 バーミンガム経営陣は、マンチェスター・シティのエティハド・スタジアムを9000人近く上回る、6万2000人収容の新スタジアム建設も計画中だ。実現の暁には、敷地内に男女両チームとアカデミーの各練習施設のほか、多目的な屋内施設やホテルを備え、8000人規模の雇用機会を生み出すとされる地域再開発。クラブの会長は、シティ版の「エティハド・キャンパスを超えたい」と言ってはばからない。

主役級の存在感を放つアメリカ人オーナー

 そのためには、マンチェターのシティが、前人未到のプレミア4連覇を達成した一昨季に、まさかの3部転落となったチームの強化が必須であることは言うまでもない。バーミンガムのオーナーは、口も開けば、財布の紐も解く。再出発を決意した昨季は、リーグ1史上最高となる3000万ポンド(約59.7億円)が、移籍市場に投じられた。

 プレミアでは、新戦力1名に費やされることもある程度の額でしかないが、感覚的にノンリーグ(5部以下のセミプロ)に近いリーグ1では破格の規模。他23チーム平均額の実に40倍近い。やはりアメリカ人投資家オーナーの下、積極補強を繰り返すチェルシーでさえ、昨季の移籍金出費は、残るプレミア19チーム平均の2倍弱。バーミンガムの“ブルーズ”は、西ロンドンの“ブルーズ”も顔負けの大型補強を敢行したと言える。

 結果、周囲が思うほど簡単ではない独走優勝でリーグ1を脱出したバーミンガムには、「勝者のメンタリティ」を持つ要人もいる。ピッチに立つことはいないが、ピッチ外での影響力がものを言う、米国NFLの「GOAT(史上最高)」ことトム・ブレイディだ。前述のドキュメンタリーシリーズも、番組名は『Built in Birmingham: Brady & the Blues』。主役級の存在感を放っている。

 少数株主としての参画が発表された当初は、「サッカーの知識は切手1枚分のスペースに書き切れる程度だろう」とするファンの反応もあった。だが今では、姿を見せれば、ファンの間から感謝と敬意を込めた「USA!」コールが起こる。昨季終盤のヴェルトゥ・トロフィー(3、4部勢主体のカップ選手権)決勝では、試合前に生で拝聴させてもらった。

 予想外の敗戦に終わる運命にあったバーミンガムが、2点のビハインドで突入したハーフタイム中、ウェンブリー・スタジアムの“青コーナー”側の記者席にいた筆者は、すでに決まっていたリーグ1優勝記念Tシャツ姿の男性ファンにブレイディ評を尋ねてみた。すると、「ずっと失っていた、心底チームを信じる力を与えてくれた」との返答だった。

 同じ人物について、「サッカーのことはろくに知らなそう」と言ったのは、現政権下の新監督第1号だったウェイン・ルーニー。就任3か月足らずで首を切った経営陣の1人に対し、“口撃”せずにはいられない心境だったのかもしれない。ルーニーは、ドキュメンタリーの中で自身の「取り組み姿勢」を疑問視されてもいる。

 対照的に、ブレイディは昨夏に新監督に抜擢したクリス・デービスに賛同と賞賛を惜しまない。経営陣による全面支援のスタンスは、日本人通訳の採用からも窺い知れる。

 MFだったレディング(現3部)でのユース時代から、当時のアカデミー責任者だったブレンダン・ロジャーズ(現セルティック監督)の影響を強く受けているデービスは、非常に戦術色が強い。守備も能動的にボール支配を前提とする攻撃的スタイルを実現すべく、選手に対する指示や要求も細かい。同時に、「チームありき」の指導者として、集団としての精神面も大切にする。昨季のバーミンガムは、岩田智輝と横山歩夢(現ヘンク)の日本人を獲得してのスタート。英語のニュアンスを含めて、正確に指揮官のメッセージを伝える必要があった。

 その役割は、たまたま筆者の“サーフ・バディ”が務めている。古橋亨梧と藤本寛也が加入した今季、彼にとって週の大半はバーミンガムのジャージ姿で過ごす日々だ。

バーミンガム前線のオプションとなり得る古橋亨梧【写真:REX/アフロ】
バーミンガム前線のオプションとなり得る古橋亨梧【写真:REX/アフロ】

首脳陣の熱意の下に“選手が集まる”クラブ環境

 このように、首脳陣からしてインテンシティの高いクラブに変わっていればこそ、選手も集まって来るのだろう。例えば、昨季から中盤の要となっている岩田。レギュラーとは言えなかったセルティックを出た格好ではあったが、スコットランドでのタイトル獲得とCL出場が当たり前の環境から、27歳でイングランド3部のチームへとやって来た。

 昨夏の移籍市場閉幕間際に決まった、ジェイ・スタンスフィールドの完全移籍にも驚いた。フィニッシャーとしての能力は、フルハムから期限付きで移籍していた一昨季の時点で明らかだった。21歳の若さで、主砲として頼りにされた。売り手の説得には、リーグ1史上最高額の移籍金を必要としたが、何よりも本人が、一昨季のプレミア13位ではなく、チャンピオンシップ22位での将来を選んだ。

 そして、今季のチーム前線には古橋もいる。今年1月のスタッド・レンヌ移籍が失敗に終わってはいたものの、それまでのセルティックでは、ゴールを量産したレジェンド。初動を含む速さは、後ろからつなぐチームに、一気に相手ゴールのネットを揺らすオプションを加えることにもなるだろう。

 ホームで昨季プレミア7位のノッティンガム・フォレストと対戦した、今夏のプレシーズン最終戦(1-0)後、古巣でもチームメイトだった岩田に、古橋が前線にいる景色を尋ねると、こう答えてくれた。

「セルティック時代、自分が交代で入った時に見た景色だなと思いましたし、自分がボールを持った時は、常に亨梧くんを見ようと思っている。長いシーズン、徐々に亨梧くんの良さをみんなが分かっていければ、もっとチームの武器になると思います。(移籍前に)一緒に戦おうみたいな感じで相談してくれましたし、亨梧くんが来てくれるなら、凄く心強いなと思っていました」

 だからといって、2部復帰1年目のプレミア昇格は容易ではない。2部に落ちてきたイプスウィッチとの開幕節は、ホームでの引分け(1-1)。クラブの収益力は、イプスウィッチのように、プレミアからパラシュートペイメントなる資金援助を受ける降格組と「大差はない」と、ワグナーは言う。しかし、国内メディアによる予想でも、上位ではあるがプレーオフ(3~6位)圏外とする見方が主流だ。

 ただし、「昇格は、できるか否かではなく、いつになるかという世界」とする会長の発言には頷ける。であれば、2部での意義ある足踏みも悪くはない。昨季から新顔が増え続けるチームは、チャンピオンシップ経験を積む間、野心あふれる新バーミンガムの新手のファンに忠誠心を育む期間を与え得る。ドキュメンタリー番組では、「サポーターは、なるものではなく、生まれてくるもの」というベテランサポーターのコメントが印象的だった。

 同じく、「もう少しでおしっこを漏らすところだったわ」と2部復帰決定の瞬間を振り返る、お婆ちゃんサポーターの一言も記憶に残っている。だが、その彼女にしても、プレミア昇格の瞬間が訪れれば、嬉しさの余りの粗相をしても笑い飛ばすに違いない。それは、2011年以来となるプレミア復帰である以上に、強豪化が進むバーミンガムのプレミア入りであるはずなのだから。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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