得点王に輝き引退…クラブをいきなり退職「やばいですよね」 元日本代表がキッチンカー店主に転身した理由

“エルフェン愛”に満ちあふれたサッカー人生 キッチンカーを始めた理由
元なでしこジャパンの選手がキッチンカー店主に転身を遂げた。ちふれASエルフェン埼玉でプレーしていた薊理絵(あざみりえ)さんだ。看板メニューのワッフル生地の中にイモを練り込んで焼いた「イモッフル」を作り、極上コーヒーを淹れる。その美味しさはもちろん、屈託ない笑顔での接客が評判だ。開店してから約1年が過ぎたところで、「FOOTBALL ZONE」のインタビューに応じ、大胆な転身の理由について語った。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・砂坂美紀/全3回の1回目)
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キッチンカー「Cafe GOOD DAY(カフェ グッデイ)」の店主・薊理絵さん。ちふれASエルフェン埼玉のレジェンドだ。登録上はMFで右サイドにスタート時は立っているが、縦横無尽にピッチを駆け回って、好機につながる場所に顔を出す。相手の一瞬の隙を突いてゴールを挙げる“スピードスター”だった。
高校卒業後、チームがなでしこリーグ2部だったころに入団し、14年間エルフェン一筋。6度のリーグ昇降格を繰り返すチームの中心選手として活躍した。インタビューなどで目標や夢について訊かれると、いつも「エルフェンで優勝したい」と薊さんは答えていた。なでしこジャパンにも選ばれ、強豪クラブからのオファーは幾度もあったが移籍をせず献身的にプレーを続けた。
2020年、2部リーグ得点王になった翌シーズンに現役を引退。数か月後のWEリーグ開幕を目前に、多くのサポーターに惜しまれながらもピッチを去った。
同年、クラブアンバサダーに抜擢。クラブ運営や営業など多方面に関わり、地域貢献活動「TSUDOI」ではサッカー少女に夢を与え、あらゆるSNSを駆使して情報発信を続け、熱心な営業活動で複数のスポンサーを獲得した。その力を十分に発揮し、フロントとしての手腕も超一流だった。
「フロントスタッフになった時に、みんなで作り出す雰囲気や空間がすごく好きで、選手やスタッフ、スタンドのお客様、ゲーム展開、裏方の演出……スタジアム全体の一体感がすごく好きで、奮い立たせてくれる感じで。選手からスタッフ側になって、時間をかけて作り上げる大変さもありますけど、やっぱり楽しかった。試合に勝ったら、ひとつの空間で喜びを共有するのは最高でした」
みんなが楽しめる空間作りをしたい、それがキッチンカーへとつながっていった。

エルフェンが好きすぎるから 退路を断って大きな夢にチャレンジ
“エルフェン愛”に満ちあふれ、努力を惜しまない彼女が、なぜキッチンカーを始めたのか。
「元々、セカンドキャリアについて選手時代に考えたことがなくて。エルフェンが一番大好きで、サッカーをやっていました。引退後にクラブのスタッフとして携わらせていただいてふとした時に、今キッチンカーを一緒にやっている仲間たち、元エルフェンの選手4人(薊さん、GK大谷明香さん、DF矢島由希さん、DF布山美里さん)で『将来カフェをやりたいね』と話していました。1年間くらい提供するメニューの試食品を作って、味見して。その夢が、どんどん膨らんできて。それで、全部イチからスタートしようと思って、まずはクラブを辞めることにしました」
それにしても、いきなり退職するとは、思い切った行動である。
「そうでもしなきゃ、ダメだったんです。エルフェンが好きすぎるので。たとえば休日に、選手たちが練習試合をしていたら、見に行きたくなっちゃうくらいだったから」
その理由が薊さんらしくて、こちらもつい笑ってしまう。
「やばいですよね(笑)。まず数年間はキッチンカーをやっているカフェでアルバイトをしつつ、飲食店の経営や事業についてしっかり勉強したいと考えていました。それで、退職前に有休消化をしながら、動き出してみることにしました」
経営学は理解不能レベル 「奇跡の出会い」でスピード開業
切り替えの早さも、超一流である。勉強熱心でアクティブに動けるのがいいところ。コミュニケーション能力の高さは、これまでの女子サッカー選手の中でもトップクラスだと感じる長所だ。それでも、難解な経営に関する膨大な知識は理解するだけでも時間を要したという。
「最初は何語を喋っているのか分からないレベルでした(笑)。やっぱり勉強ってすごく大事ですね。お金の流れもちょっとずつ分かるようになってきて。でも、ひとりでやっていると難しくて、悶々とするだけで全然進まなくて。そんな中で、退職の挨拶をしていました。いろいろな方とお話をする機会があったので、『今後はこんなことをやりたくて勉強をしていて、将来はカフェを開きたい』というお話をしていました。そうしたら、その噂があちこちに広がって、たくさんの人がどんどん情報をくださるようになって。今につながっているので、感謝の気持ちでいっぱいです」
彼女の夢を聞いた周囲の人々が、次々にサポートの手を差し出してくれた。薊さんが「奇跡の出会いだった」というのは、“イモッフル”を販売していたキッチンカーの店主が事情により、味と車体を引継ぐ“二代目”を探していたことだ。すぐにコンタクトを取り、通常のワッフルよりも“ふわふわ食感”にこだわるイモッフルの焼き方を習得するために弟子入り。お気に入りのカフェ店主からコーヒーの淹れ方や豆の仕入れなども身につけた。
「イモッフルは、焼き加減が結構難しくて。ふわふわな状態で提供したいので、焼きすぎると固めになっちゃって。鉄板にくっついてなかなか外れなくて、失敗を繰り返しながら上達していきました」
同じく元女子サッカー選手で「フードトラックつくみ」で移動販売を行う西口柄早さん(元浦和レッズレディース)と中村公美さん(元アルビレックス新潟レディース)の元でキッチンカーのノウハウを学んだ。加えて、営業に必要な営業許可や食品衛生責任者などの資格を次々に取得。
愛するチームを離れて、ゆっくり過ごすはずが、目まぐるしくも充実した毎日となった。
2023年10月にクラブを退職し、2024年1月にキッチンカーを譲り受けて、3月に「Cafe GOOD DAY」をオープンするまで、わずか5か月。内装や外装もエルフェン時代の知人やサポーターの方に手伝ってもらうなどして、あっという間に舞台が整った。
イモッフルの甘い匂いとコーヒーの芳醇な香りを漂わせながら、埼玉を中心に車を走らせている。出店場所はインスタグラムで告知。主に、WEリーグやプリンスリーグなどのサッカー関連やイベント会場、埼玉県内の公園や病院などで出店している。そのたびに多くのサポーターや関係者が薊さんのもとにやってくる。笑い声の絶えない空間が広がっている。
「エルフェンから離れて頑張ろうと思っていたのに、みなさんに助けてもらってばっかりです」
そういって、いつもの愛嬌たっぷりの笑い声を響かせる。今季のWEリーグの試合会場でも出店予定。エルフェン愛にあふれる彼女から手渡されるスタジアムグルメは、最高の観戦アイテムとして人気を博している。(第2回に続く)
(砂坂美紀 / Miki Sunasaka)













