必要な女子サッカーへの理解「完全に過小評価」 靴や負傷率の違い…よりプロフェッショナルな環境作りへ

男子と比較される女子サッカーに着目
7月にスイスで開催された女子欧州選手権は、サッカー界、女子スポーツ界の未来に大きな希望を抱かせるだけの盛り上がりを見せた大会となった。優勝したイングランド、準優勝のスペインは、大会を通じて、非常に高いクオリティのサッカーを披露した。
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ドイツ代表は準決勝でスペインに敗れたが、この試合をドイツでテレビ観戦したのは1426万人にものぼる。国内の注目は非常に高く、敗戦後は現地観戦したドイツ大統領フランク=ヴァルター・シュタインマイアーが「親愛なる女子代表選手の皆さん、今大会では心血注がれた熱いファイトと素晴らしいレベルのサッカーを魅せてくれました。皆さん自身が誇りに思われることでしょうし、私たちもとても誇りに思っています!」とメッセージを送り、「皆さんは本物の手本となる方々だ。最大限の感謝とリスペクトをお送りします」と称賛の言葉を並べていた。
女子サッカーの話を持ちだすと、すぐに男子サッカーと比較する人が出てくる。スピード感がない、技術レベルが未熟、サッカー理解がない、運営がお粗末、魅せ方がうまくないなどなど、言いたい放題だ。
ただ生物学的、遺伝子学的に男子と女子を比較したら、男子の方が身体のサイズは大きくなりやすいし、筋肉がつきやすい。そもそもの前提条件で違いが小さくない中、同じサイズや感覚でサッカーをしようにも、女子の方が身体への負担は大きいという事実から目を背けるのはよろしくない。
興味深い研究報告がある。ノルウェーのトロントハイム大学の研究チームが、詳細にさまざまな男子と女子のデータを比較し、どのくらいの違いがあるかを調べた。
女子サッカー選手が現行の試合時間、グラウンドサイズ、ゴールサイズ、ボールサイズと重さで感じている負荷を、男子サッカー選手が実際に感じられるような形状にしてみたら、どのような様相を呈するのだろうか。
グラウンドは、68m×105m ⇒ 68m×132m
試合時間は、45分ハーフ ⇒ 56分ハーフ
ゴールは、2.44m×7.32m ⇒ 2.72m×8.4m
ボールの重さは、5号直径26㎝450g ⇒ 7号直径36㎝650g
PKマークまでの距離は、11m ⇒ 12m
ノルウェーの研究報告を目にしたスイスの科学系テレビ番組アインシュタインで、この「アンフェアなサッカー」を実際に試してみようというプロジェクトを決行。スイスプロクラブのトゥーンとビンタートゥーンのU17、U19選手が、この条件、ルールで試合をしたところ、前半終了時でもうへとへとに。試合前には余裕綽々で、冗談を口にしてた選手たちだったが、「完全に過小評価していた。とにかく疲れた」「どんだけ女子サッカー選手はハードなスポーツをしているんだ」「女子サッカー選手にはもうリスペクトの思いしかない」と選手は口々にするしかない。
女子専用スパイクも誕生
ボールが重いので、CKをゴール前まで送ることができない。ゴールが大きいので隅を狙ったシュートはGKのジャンプもむなしくゴールへ吸い込まれてしまう。「ジャンプ力が足らないからだ」と女子GKが言われ続けていたことだが、そもそも届かないのだ。
このプロジェクトの結果を知ると、女子サッカーへの解釈はこれまでと全く違うものになるはずだ。また、身体の作りだけではなく、足の形だって違う。それなのに、これまで女子選手の多くは男子サッカーと同様のスパイクを履いてのプレーをしてきた。そこに大きな問題が隠されていた。女子の足は男子と比べてかかとがスマートで、甲の高さも違う。
女子選手は解剖学的に前十字靱帯損傷の負傷が男子と比べて4-5倍も多いとされているが、その要因の一つが足に合わないスパイクではないかと動き出した。ヨーロピアンクラブアソシエーションの報告によると、実に82%もの欧州でプレーする女子選手が、スパイクが原因で足に痛みを持っているという。
各スポーツメーカーに研究報告とともに、女子選手専用のスパイク作成をお願いする手紙が送られ、各スポーツメーカーはすぐに動き出した。ナイキが2023年6月に、アディダスが4月に専用スパイクを発表。プーマもこれに続いている。
「足の形にあったスパイクを履くことで、安定感と履き心地がアップし、あらゆるスキルや体の動きの向上、スムーズな方向転換が見られています」とアディダスは報告している。
ドイツ女子代表のユーレ・ブラントはアディダスの研究から参加。
「テストプロセスに参加しました。多くのデータと研究がスパイクの発展に秘められているかを知っています。トレーニングから大きな違いを感じました。肌感覚でプレーできていると感じています。足にフィットしている」
女子サッカーへの理解がどんどんと高まり、サポートが充実してきて、よりプロフェッショナルな環境で取り組めるようになってきたことが、今大会におけるレベルの高さにもつながっている。これからの女子サッカーのさらなる飛躍と発展に注目が集まる。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。





















