32年経て様変わりした“クラシコ”「残れない」 スタイル変化も…明暗分けた危機感

東京Vが横浜FMを1-0で下した【写真:徳原隆元】
東京Vが横浜FMを1-0で下した【写真:徳原隆元】

8月9日の第25節で東京ヴェルディが横浜F・マリノスに1-0で勝利した

 アマチュア末期の日本に「クラシコ」と呼べるカードがあるとすれば、読売クラブ(現東京V)対日産自動車(現横浜)以外に考えられなかった。1993年5月15日、唯一のナイトマッチだったJリーグの開幕カードには、異論を挟む余地もなかったはずだ。

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 だがそれから32年間を経て、両雄はJ1への生き残りを賭けて戦っていた。机上で戦力を分析すれば、横浜は降格を心配するようなチームではない。計8人から絞り込まれた規約一杯の5人の助っ人がスタメンでピッチに立ち、喜田拓也主将を筆頭にヤン・マテウス、エウベル、松原健、天野純らは、つい1年前にはACL準優勝を経験している。平均年齢は28.91歳。個々の年輪には極めて高い経験値が蓄積されたベテランチームだった。

 一方、東京Vは、厳しい状況に直面していた。城福浩監督が「主軸でもシーズンの最後までいてくれるとは限らないチーム」と語った通り、夏の中断期間中に綱島悠斗、翁長聖、木村勇大が相次いで移籍し、林尚輝、山見大登らの故障も追い撃ちをかけた。急造の3バックの平均身長は175.7センチ。交代要員でJ1の出場試合が2ケタに到達しているのが2人だけで、ベンチ入り20人の平均は24.8歳だった。

 8月9日に迎えた25節。一時の最下位から18位まで浮上してきた横浜が21ポイント。16位の東京Vが28ポイントなので、もし横浜が勝てば両者の差は4ポイントに縮まり、このまま形勢逆転に向けて加速しても不思議はなかった。しかし、全体で約4歳若い東京Vには、過去の実績では測れない「伸びしろ」や「果敢さ」があった。序盤から一方的にボールを支配すると、主にグラウンダーのセットプレーを素早く連鎖し、横浜の選手たちを自陣に釘づけにする。横浜のペナルティエリア内は、常に満杯状態なので崩し切るのは難しかったが、逆に跳ね返されても東京Vが2次3次攻撃へと繋げ、前半だけでCKが12-2、クロスが18-4(筆者カウント)という数字が流れを如実に物語っていた。

 こうして完全に主導権を掌握した効果は顕著だった。
「横浜のマテウスとエウベルは、たぶんリーグで1、2のウインガー。ピンポイントで利き足に入れば、強烈なシュートが来る。でも我々がボールを持てば、あのウィンガーは、やりたくないことにエネルギーを割かなければならない」(城福監督)

 反面、独壇場なのにゴールがない展開は好ましいものではなく、実際後半開始早々には横浜に流れが傾きかけた。しかし後半17分には、東京Vの新井悠太が左サイドからカットイン。シュートまでは持ち込めなかったが、右サイドの斎藤功佑へ繋ぐと、今度は斎藤がファーサイドまで振り谷口が飛び込んで先制。逆に横浜は、決定力の高い両ウィンガーがなかなかゴール近くで受けられず、特にマテウスはシュートを1本も打てないまま、失点の4分後に交代。横浜が追いかける立場に回った途端に、最も危険な武器を持つマテウス、天野を下げてしまったことで、大勢が決した感が強まった。

 横浜は長く堅守のチームだった。ラテンスタイルで奔放な攻撃的スタイルを誇る読売クラブ(現東京V)に「追いつけ、追い越せ」と歴史の扉を開けたが、元ブラジル代表主将のオスカーが加入して以来「1-0」の哲学が徹底され、1987年3月に初勝利を挙げてからは当面のライバルに15連勝を飾っている。ボールを支配するのがヴェルディでも、要所を抑えカウンターで仕留め白星を連ねた。また連覇を達成した岡田武史監督時代も、堅守を基盤にした戦い方を貫いた。

 だがアンジェ・ポステコグルー監督が就任してから横浜は一変した。自ら指揮を執った2019年も、ケヴィン・マスカット監督が引き継いだ2022年もポゼッションは1位。ボールを支配しながら鋭いカウンターも兼備し、圧倒的な攻撃力でタイトルを手にした。ところがこの夜は、主導権も結果も東京Vに譲り、いよいよ剣が峰に立たされた。

 重要な戦力を失った東京Vには、だからこそ強烈な危機意識が共有されていた。城福監督は言う。

「こういうチームだからこそ大切なのは成長。リーグで一番厳しいトレーニングをして、高い要求をし続けなければJ1には残れない」

 確かに世界屈指のダンゴレースで生き残るには、危機感は不可欠な武器になるのかもしれない。これで両者の勝ち点差は「10」。横浜が東京Vの背中を捉えるのは絶望的になった。

(加部 究 / Kiwamu Kabe)



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加部 究

かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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