大活況な夏の移籍市場…町田が“大人しかった”理由 助っ人候補とやり取りも「ちょっと困ったな」

町田・原靖FDが語る今夏のウインドーの特徴
Jリーグ各クラブは連日、後半戦に向けて新戦力確保に余念が無い。今年の第2登録期間(ウインドー)は8月20日まで、追加登録期限は9月12日までとなっている。念のためにウインドーと追加登録期限の違いを説明しておくと、ウインドーは通常の移籍で、その後も無所属選手や育成型期限付席などが移籍できるのが追加登録期限だ。
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今年、例年に増して移籍が多いのは2026年に予定されているシーズン移行が関係している。2026年は2月から6月までの特別大会が開催され、6月11日から7月15日までの2026年アメリカ・カナダ・メキシコワールドカップを経た後、8月から秋春制(実際は夏春制)のシーズンが開幕する。なお、この特別大会では昇降格はない。
ということは、この2025年シーズンでもしも降格してしまうと、2027年まで昇格できなくなってしまうのだ。つまり現在のシーズンは通常より1.5倍の重みがあるということも出来るだろう。
ところが不思議なのは、このタイミングで大物外国籍選手の移籍がないことだ。たとえば2001年、降格の危機に立たされていた東京ヴェルディはブラジル代表のエジムンドを獲得。エジムンドは10月31日のデビュー戦でいきなりゴールを決めると、加入後の5試合を3勝1分1敗に持ち込み、残留に大きく貢献した。
あの当時に比べると世界各国の情報は日本にいても多く入手できる。ならば優勝を狙うチームや残留争いのチームがもっとヨーロッパなどから選手を補強してもいいはずだ。
昨年、シーズン途中で中山雄太や相馬勇紀という日本代表を積極補強し、今年も代表経験のある外国籍選手を補強する可能性を語っていたFC町田ゼルビアの原靖フットボールダイレクターは状況が変わってきたという。
町田にとって一番の要因は5連勝中と調子を上げてきたことだ。
「(外国籍選手)候補とはやり取りをしたんです。でも結局(町田にとって大切なのは)、その候補選手は守備がちゃんとできるか、守備ができないなら、たくさん点が取れるかですよね。その選手が入った場合、せっかく積み上げてきているのに、(チームにとって)ストレスになるのではないかと考えました」
だが、それだけではない。他のクラブにも共通する悩みがあった。
「我々が今こう費やそうとしている金額ぐらいでは、この6か月でフィットして、今いる選手を凌駕する選手が日本に来ないでしょう。5億とか10億使えれば、それなりの選手が来ると思うのですが。半年で(Jリーグに)慣れて、来季の最初から活躍する選手は来ると思いますが」

ヨーロッパとの競争に入っている
優勝や昇格を狙うチームが最後の余力として戦力を補強するということは考えられるだろうが、そんな財政的余裕があるチームはないというのは、ここまでインパクトの強い移籍を行ってきた町田でも無理だということで明らかだ。さらに6月初旬、原FDはこんなことも明かしていた。
「(選手の)レベルではなくて、8月30までの競争に入っているんです。それがちょっと困ったなっていう(状況です)。ヨーロッパの移籍期間は8月30まである。(だからそれまでは)別に今焦らなくてもいいかということです」
ヨーロッパの移籍期間が8月末あるいは9月まであるので、移籍を希望する選手は最悪でもその時期まで探すことができる。そのタイムリミット以前に日本のクラブが獲得しようとすると相場よりも高い金額を提示しなければいけないということだ。
外国籍選手の獲得に二の足を踏むJクラブはどうするか。必然的に国内の選手に目が向く。それがかつてないほどの選手の移籍に繋がっている。そして、そのことが新外国籍選手の獲得予算を削っている。原FDは続けた。
「もう1つは、うちの選手に対しても随分オファーは来ていたので、それをブロックする意味もあります。(町田が新たな)選手を取ると、(今いる選手が)『じゃあ自分は出ます』みたいな感じになることもあるので、そこをディフェンスする部分もありました」
8月7日の時点で6月以降の選手獲得数が多いのはアルビレックス新潟の7人。決して予算の大きくないクラブが、これだけの数の選手を補強するというのが、今年の降格のシビアさを物語っている。それがこの移籍数の多さに繋がっている。
今もJリーグの各試合にはいろいろなチームのスカウトが顔を出している。8月20日まで、まだまだ選手の移籍はあるだろう。クラブと選手の生き残りをかけた熱い戦いはここからが最終局面だ。
(森雅史 / Masafumi Mori)

森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。





















