「我がまま」を貫いた“ばくれ者” 「ああせい」は大嫌い…日本代表10番を育てた型破り育成術

無数のサッカー小僧たちを幸福にした浜本敏勝さんのサッカー哲学
あえて自らを「ばくれ者」と称していた。世間の常識に当てはまらないアウトロー的な存在のことで、時には気性が荒く乱暴な言動をする人間を表すこともあるという。しかし広島サッカー界の「ばくれ者」は大きな慈愛で子供たちを包み込み、個々の才能を丹念に育んだ。逆に「ばくれ者」ならではの自由闊達な発想が、旧態依然とした上意下達型指導に風穴を開け、無数のサッカー小僧たちを幸福にした。
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広島大河(おおこう)FCの創始者・浜本敏勝さんが先月、亡くなった。まだ日本ではマイナーだったサッカーの「自己表現と助け合い」の特性に惹かれ、スポーツの世界が「根性」一色に塗り潰されていた時代に指導者の道を歩み始めた。子供たちにも「我儘ではなく我がまま」をモットーに、思う存分にアイデアを出し合う環境を提供してきた。
「ああせい、こうせい」と押しつけられるのが大嫌いだった。だから「ああしよう、こうしよう」とアイデアを広げられるサッカーを愛した。ピッチ上の神様はボール保持者。誰にも邪魔されずに、自ら判断して次のプレーを選択する。その代わりパスには「ハート・トゥ・ハート」と思いやりを込めるように奨励し、協調性も引き出していった。
スタッフにも親御さんにも「ノーコーチング」を徹底し「信じているぞ、思い切ってやってこい」と試合に送り出す。また全員を試合に出すために、前後半で全員交代を必須とする8人制のカップ戦を創設。必ず1人残らず試合を満喫させた。
「私は自分の幸せのためにサッカーをしてきた。自分が幸せになることで、みんなが幸せになるのが楽しいんです。せっかくサッカーを始めたのに、途中で燃え尽きたり、やるんじゃなかったと後悔したりする子が出てきたら、こんなに寂しく哀しく辛いことはありません。『先生が幸せそうにサッカーをやっているから、僕も指導者になりたい』。そんな声を聞くと嬉しいものです」
稀有な理想郷を土壌に、1980年代に日本代表の10番を背負った木村和司、2002年日韓ワールドカップでゴールを奪い、今ではセレッソ大阪の代表取締役会長を務める森島寛晃、日本代表としてプレーし監督としても実績を重ねた田坂和昭、あるいは選手主導のボトムアップ理論をサッカー界のみならず社会的に広めている畑喜美夫など、多士済々のタレントが巣立っていった。
指導者は「子供たちの個性(長所)を見抜くのが仕事」
森島は述懐している。
「子供の頃は、よく大事な試合の前に熱を出しました。それほどワクワクしていたんでしょうね。怯えながらではなく、あくまで楽しく。大河FCでは、そんな体験をたくさんさせてもらいました」
浜本さんは「指導者は子供たちの個性(長所)を見抜くのが仕事」だと力説していた。
「ワンプレーでいいから肯定的に認め誉めてあげられるところを見つけておく。『これができないと試合に出られないぞ』ではなく、1人1人が自信と勇気を持ってチャレンジできる環境を整えてあげる。自己表現、自己主張が保証されない指導では『もっと上手くなりたい。もっと楽しくやりたい』という自己啓発につながりませんからね」
根底には若くして世界17か国の育成現場を視察した経験があった。
「例えばブラジルでは、個人を大切にすることからチームが作られている。周囲にかきたてられた根性ではなく、自身から湧き出るファイトを持って自分の特性を発揮している」
ピッチ上に限らず教壇に立っても「やらされる授業では身につかん」と自由な意見交換を促し、横道に逸れかけた生徒たちにも自らのリスクを顧みずに寄り添い続けた。奇特な師の志はさまざまな形で引き継がれ、小さな街のクラブで礎を築いた子供たちは、文字どおり大河の如く各界で迸るような社会貢献を果たしている。
並外れて懐が深く、気配りが行き届き、堂々と信じた道を進んだ。おそらく日本サッカーの未来は、こういう人財の比率を上げられるかどうかに懸かっている。
(加部 究 / Kiwamu Kabe)

加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。




















