ロッカー室に響いたベテランの声「折れたらダメだぞ」 9年ぶりVへの壁…イレブンに募る違和感【コラム】
荒木が口にした違和感「首位に立ってからの僕たちの戦い方はうまくいっていない」
ピッチ上で違和感を募らせはじめたのは、いつからだっただろうか。自問自答を繰り返すたびに、サンフレッチェ広島の最終ラインを束ねるDF荒木隼人はその時期を思い浮かべる。敵地・埼玉スタジアムで浦和レッズに0-3で完敗し、今シーズン初の3連敗を喫した11月10日のJ1リーグ第36節のあともそうだった。
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「正直、少し前に首位に立ってからの僕たちの戦い方は、それまでの自分たちの勢いと比べると、うまくいっていないように感じてきました。今日も我慢強さといったものが足りませんでした」
違和感の正体は、優勝争いを演じるプレッシャーとなる。2019年シーズンに関大から加入したため、広島がシャーレを掲げた2012、2013、2015年シーズンのいずれも知らない28歳はさらに続けた。
「シーズンの佳境で、リーグ戦の首位争いや優勝争いをするのは初めてなので、僕を含めたチームの1人1人に、何かしらの緊張感といったものはあるのかもしれない、と感じています」
追う側だった広島は夏から秋にかけて、攻守両面で圧巻の強さを見せた。前半戦を5位で折り返すと、7月14日のアビスパ福岡戦を1-0で制して、4試合目にして後半戦初白星をあげた。この段階で、当時首位を快走していたFC町田ゼルビアとの勝ち点差は、今シーズンで最大となる12ポイントに開いていた。
ここから広島の怒涛の追い上げが始まる。FC東京を3-2で振り切り、同一シーズンにおけるクラブ記録を更新する7連勝を達成したのが8月31日。それまで上位にいた鹿島アントラーズ、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸をごぼう抜きにして町田に勝ち点で並び、得失点差で上回ってついに首位に立った。
続く鹿島戦で引き分けて町田が首位に返り咲いても、勢いは止まらなかった。9月22日の横浜F・マリノス戦から再び3連勝。その間には、ホームのエディオンピースウイング広島で2-0と勝利し、黒田剛監督を脱帽させた町田との9月28日の大一番も含まれている。
しかし、10月の中断期間が明けると、広島はまったく異なる姿を見せた。19日の湘南ベルマーレ戦で逆転負けを喫すると、11月3日の京都サンガF.C.戦では0-1と今季初めての零封負け。首位の座を昨季王者の神戸に明け渡した。
「攻撃的すぎる部分であるとか、リスク管理ができていない部分も多い」
迎えた浦和戦は、相手の倍近い23本ものシュートを放ちながら、またもゴールを奪えなかった。対照的に前半終了間際にミス絡みで先制を許すと、動揺を引きずったまま後半11分にも失点。その後は前がかりになっては、何度もカウンターを浴びる展開となり、同41分に3失点目を献上して万事休した。
チャンスもあった。後半20分。MF松本泰志のスルーパスに抜け出したFW加藤陸次樹が、ファーストタッチでボールをDFマリウス・ホイブラーテンの前方へ運んで一気に抜け出す。目の前にいるのは浦和の守護神であるGK西川周作だけ。しかし、右足から放たれた一撃は左ポストの外側をかすめた。
その場に仰向けで倒れ、両手で顔を覆った加藤は「今日の負けは僕の責任です」と絞り出した。
「ファーのコースが空いていなかったので、とっさにニアへ蹴ったんですけど。西川選手の圧迫感もありましたけど、思ったようにボールに当たらなかった。あれを決めていれば流れは変わっていたのに……」
4度目の優勝へ、11戦連続無敗だった時期には死角がないように映った広島に、残り2試合となったいま、いったい何が起こっているのか?
荒木と同じニュアンスの言葉を、加藤も浦和戦後に残している。
「正直、ちょっと焦りもあるかもしれない。勝たなくちゃいけない、というプレッシャーもありますし、それゆえに攻撃的すぎる部分であるとか、リスク管理ができていない部分も多い。最近はカウンターからの失点も多いし、そこは次戦までに修正しなくちゃいけない部分だと思っています」
中断明けの湘南戦でエアポケットに陥り、京都戦で生じた焦りが、浦和戦ではプレッシャーへ変わった、と表現すればいいだろうか。それでも、8月7日の東京ヴェルディ戦以来、今シーズン限りでの現役引退発表後では初めてベンチ入りした38歳の大ベテラン、MF青山敏弘は心配無用を強調した。
「この苦しさを自分たちで乗り越えなきゃいけないし、みんなが通る道だと思っている。それを乗り越えて初めて掴めるものなので。いまはそこを試されているところだし、優勝とはそういうものでしょう。シーズンのこの段階で3連敗しても、まだまだ可能性は残っている。何ひとつあきらめる必要はないですよね」
岡山県の強豪である作陽高から2004年シーズンに加入した広島ひと筋で21年目を迎えているバンディエラにして、レジェンドは、35歳のDF塩谷司とともに、広島の3度のリーグ優勝をすべて経験している。
2012年の初優勝はベガルタ仙台との、2013年は横浜F・マリノスとの壮絶なデッドヒートをそれぞれ制した。2ステージ制だった2015年は第2ステージを圧倒的な力で制し、迎えたチャンピオンシップでは下剋上で勝ち上がってきたガンバ大阪を2戦合計4-3で振り切って美酒に酔った。
今季で引退する青山は「あとは自分たちの力で乗り越えるしかない」
簡単には優勝できなかった中で、2013年と今季は特に酷似している。当時も残り2試合で、首位の横浜FMと3位広島との勝ち点差は5ポイントあった。土壇場から連勝した広島とは対照的に、横浜FMと2位だった浦和が連敗し、終わってみれば勝ち点1ポイント差で広島が奇跡を起こした。
今季の第36節も1時間早くキックオフされた一戦で、神戸が1点をリードしながら、後半終了間際のオウンゴールでヴェルディと引き分けた。差が5ポイントに広がる瀬戸際から、3ポイント差の2位に踏みとどまった状況に、青山は「最後にみんなと一緒に喜ぶイメージしかない」とポジティブに受け止めた。
「あとは自分たちの力で乗り越えるしかない。いまのままじゃなくて、いま以上に成長しないといけない。結局は最後の1試合でしょう。(加藤にも)別に何の言葉もかけないですよ。本人は気持ち的に難しいかもしれないけど、いつも十分にやってくれている。次に点を取ってくれれば何も問題はないし、そうなるように導いていきたい」
浦和戦後のロッカールームには、青山のこんな言葉が響きわたった。
「ここでもう一回踏ん張るぞ。ここで心が折れているようじゃダメだぞ」
短い時間で技術的には成長できない。求められるのは心の奮起。黒星を引きずるのではなく、補ってあまりあるプレーを見せればいい。2013年、湘南との第33節で決勝ゴールを決めて、最終節での大逆転劇につなげた青山が飛ばしたゲキは不思議な力を伴っていた。
加藤はこんな言葉とともに前を向いた。
「もう一度気を引き締めてやるしかない。もっと点を決めて、それで勝つ。それをしないと、このチームを勝たせる責任があると言う資格はないし、何よりも(セレッソ大阪から)ここに来た意味がない」
代表ウイークと天皇杯決勝が続く関係で、ホームに北海道コンサドーレ札幌を迎える次節は12月1日まで空いた。敵地に乗り込む同8日のガンバ大阪との最終節で再びドラマを起こすために、広島は十分すぎるほどの時間を、青山を中心に自信を回復させ、プレッシャーを力に変えるための心のメンテナンスに充てていく。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。