今の神戸に「イニエスタがいれば」 リーグ終盤で見せた攻撃の“完成系”【コラム】
【カメラマンの目】リーグ終盤戦で研ぎ澄まされていく神戸のチームスタイル
今シーズンのJリーグを取材してきたなかで、やはり上位に位置するチームは定められた戦術によって良く纏まり、それが結果として表れている。リーグ終盤となれば、試合を重ねるごとに細かな修正も行われ、チームの成熟度は増すことになるが、ここにきてその完成度の高さに驚かされたのがヴィッセル神戸だ。
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J1リーグ第36節、東京ヴェルディとアウェーで対戦したリーグ首位の神戸は、勝ち点1を積み上げるだけの引き分けに終わったが、素晴らしい内容のサッカーを展開した。昨シーズン優勝を果たした神戸の原動力は、縦への素早いボール展開だ。激しいマークで相手からボールを奪い、そこから手数をかけずに前線まで一気に進出しゴールを決める。
2022年シーズン途中の6月に3度目となる神戸の指揮官への就任から、吉田考行監督が目指してきた、前線からのハイプレスとカウンター攻撃を主とするこの戦い方も2年半の歳月を経て、より磨きがかかってきている。神戸がピッチで見せたサッカーの新たな特筆すべき点は、選手たちの判断力の早さだ。
守備面で言えば、東京Vの選手が自陣から放つパスへの対応の早さが目立った。パスを受ける東京Vの攻撃陣への対人マークに加え、さらに状況によってはルーズボールとなるパスへの反応も早かった。東京Vの選手よりも先にボールへとコンタクトし、相手に攻撃の糸口を作らせなかった。
明確なチーム戦術のもとで、シーズン後半になって調子が上向いている東京Vが前線にボールを運べず、手詰まりの状態に陥っていた。この閉塞感から逃れようと東京Vは必死にボールを散らし、後半から投入された山見大登が左サイドに張り、彼に大きくサイドチェンジを行うなど工夫を見せていたが、効果はそれほどなく神戸の出足の良い守備に苦しめられた。
神戸は攻撃面でもダイレクトパスを中心とした速い繋ぎで、敵陣の深くに進出して行った。しかも各選手が味方と敵が入り乱れる密集地帯でもパスを通す、精度の高さを見せつけた。さらに攻撃の選手たちのドリブルも冴え、自在な攻めを展開する。特に武藤嘉紀のプレーには自信が漲っていた。相手のマーカーを冷静に交わし、鍛え上げられた身体から躍動感のあるドリブルで大迫勇也不在の攻撃陣をリードした。
イニエスタがいればチームはさらなる高みを目指せたのでは
神戸の素早い状況判断から生まれるプレーは、言うまでもなくボールの流れをスムーズにし、その攻撃は鋭く、そして速い。加えて神戸の攻撃には変化が見られた。それまでは縦への意識が強く、攻撃へのベクトルが多くの場合で直線的だった。ゴールを目指すうえでこの状況はまったく悪くないが、いまの神戸は縦への切り崩しばかりではなく、ピッチを横断するパスとドリブルも目につく。
キック・アンド・ラッシュ的な荒々しさと、一気にゴールを目指す速さはそのままで、正確なボール繋きによる左右への揺さぶりも増え、攻撃がより多彩になっている。ここに吉田監督とコーチ陣が目指してきた神戸のサッカーは、ひとつの完成を見たと思う。
そして、思う。いま、このチームにアンドレス・イニエスタがいればチームはさらなる高みを目指せたのではないかと。イニエスタは18年7月にチーム強化への期待を背負い神戸に加入し、惜しまれながら23年7月に退団する。
退団を前にした22年後半から23年シーズンには、指揮官が考える素早く前線へとボールを繋ぐサッカーと、中盤をパス交換によってしっかりと作り上げたいイニエスタのあいだに、目指すスタイルにおいて大きな溝が生まれてしまう。スペインサッカーの一時代を築いたスター選手の退団は、試合に出られれば活躍できるという、イニエスタの矜持を垣間見る決断だった。
ただ、いま思えばスピードを重視するサッカーでは、イニエスタは存在感を示せないという考えは、必ずしも正しくはなかったのではと感じる。彼は決してプレースピードが遅いわけではなく、パスを出す判断は神戸の選手の誰よりも優れていたと思う。
しかし、吉田監督が就任した当初の神戸はまだ粗削りな部分が多く、力任せのサッカーとなっていた。中盤の手数を減らすためというより、ミスやパスのズレをフィジカルで補おうとする徴候が強く、これがイニエスタが存在感を失った理由だったのだと再考する。
なぜなら、いまこうして完成した神戸のスピードサッカーを見ると、ボールタッチの回数は以前よりも増えている印象を受ける。ボールのタッチ数を重ねても、選手たちがその状況でのベストを選ぶ判断力とプレーへの正確性が増したため、チーム全体としてのスピードは落ちていない。
ひるがえって22年後半の速さを追求するサッカーは、J2降格の危機からの脱出に成功する結果を出したが、状況判断とプレーの正確性がイニエスタに追い付いていなかったのだ。そのため、たらればを言っても詮ないことだが、この完成したいまのチームだったら、イニエスタも上手く機能し、中心選手として君臨し続けられたと思う。
それほど現在の神戸は迫力と安定感のあるサッカーを見せている。ただ、神戸は東京V戦を終始、圧倒していたにもかかわらず、結果は引き分けに終わっているように、ひとつの気の緩みやミスで内容とは関係なく、厳しい結果が出されることを思い知ったことだろう。
それでも神戸は、十分にリーグ優勝チームとなり得るだけの質の高いサッカーを見せていることは確かだ。
(徳原隆元 / Takamoto Tokuhara)
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。