J1初挑戦の町田が常識を塗り替えた? 徹底追求と周到準備…賢明な戦略で第一幕は大成功【コラム】

首位に立つ町田はどこよりも旗幟鮮明なチーム【写真:徳原隆元】
首位に立つ町田はどこよりも旗幟鮮明なチーム【写真:徳原隆元】

J1昇格後の9試合で連敗なし、首位に立つ町田はどこよりも旗幟鮮明なチーム

 昨年のJ1とJ2両王者の対戦を控えた東京・国立競技場の大型ヴィジョンには、大音量のナレーション付きでホームチームFC町田ゼルビアのPRビデオが流れていた。メディアに「アンチフットボール」とまで酷評されたことを逆手に「勝って常識を塗り替えろ!」と繰り返し煽る。中立の観戦者としては思わずクスッと笑ってしまうが、現状を率直に受け止めながらチームを新時代の旗頭と捉える、なかなか端的で巧みなPRだった。 

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 結局町田は、相手が同タイプという意味ではミラーゲームのようなヴィッセル神戸戦で競り負けたが、翌週(4月21日)には黒田剛監督が「地力に勝る」と見ていたFC東京を下し首位を奪還。J1初挑戦で指揮官自ら「新参者」と表す立場からすれば毎節が難敵続きのはずだが、J2時代の昨年からJ1昇格後の9試合を経ていまだに連敗がない。

「連敗だけは絶対にできない、というのが我々の合言葉。連敗をしたら一気に崖から崩れ落ち、転がり出したら速い。だから連敗をしないで上に食らいつく目標を、執念をもって全うしてほしいと話しています」(黒田監督)

 J1は川崎、横浜の2強が突出した時期がひとまず閉幕し、再び世界でも未曾有の混戦模様を呈している。新たな主導権争いで優位に立とうと精力的な補強を行った川崎フロンターレや浦和レッズが苦戦を強いられているのとは対照的に、メンバー編成では大胆な変貌を遂げながら明確な意思統一の下でぶれずに戦う町田の好調ぶりが際立っている。

 町田はどこよりも旗幟鮮明なチームだ。JSTATSによれば「最もパスの本数が少なく、最も前方へのパスの比率が高く横パスが少なくて、最も味方のパスからアタッキングサードでの空中戦とロングスローを多用する」チームなのだという。これだけ一番が多いと嗜好は分かれるが、少なくとも内部での見解の相違は生じ難いので、選手たちもやるべきことを徹底しやすく、明らかにそれが結果につながっている。

 また強化部も見事なまでにチームカラーに即した選手たちを補強しており、外国人選手も足を止めることなく身体を張り続ける。例えば最前線での空中戦を託されている194センチのオ・セフンが、神戸戦では地面に近い高さでバウンドしたボールを処理しようとする酒井高徳の足もとに頭から突っ込んでいた。

 この試合は神戸の武藤嘉紀が欧州移籍前を思わせるほど絶好調で決定力に違いが出たが、続くFC東京戦では最少パスで決着をつけようとするチームらしくセットプレーとロングカウンターを成功させて競り勝った。先制点は左コーナーキックをファーサイドまで振り、ナ・サンホがシャープなボレー。決勝点は右サイドバックに起用した望月ヘンリー海輝を一気に走らせ、ドレシェヴィッチの高精度のフィードにぎりぎりで追い付き折り返すと、オ・セフンがダイビングヘッドで合わせた。

ポゼッション型が支配すれば、対抗するカウンター型が登場するのは歴史の必然

 最近3試合の町田のパス成功率は70%を切っており、これは欧州のトップシーンやワールドカップなどの国際試合では滅多に見られない低調な数字だ。もともとパスの本数が少ないうえに、その成功率が低ければゴールの確率も比例しそうなものだが、ロングスローも含めてセットプレーを獲得する道筋を徹底追求し、それを成功させるための周到な準備も見て取れる。

 それでいてチーム最大の得点源エリキは故障でまだ1試合も出場がなく、神戸戦からは切り札的な存在だった藤尾翔太と平河悠がU-23アジアカップに招集され不在だった。FC東京戦を終えた黒田監督は「彼らがいない時に勝つことにすごく意味がある」と強調していたが、確かにこれから夏場を迎えライバルチームの研究も進むことを考えれば、選手層の底上げを前提としたオプションの確保は不可欠になるはずだ。

 川崎の黄金期は、相手陣にボールを運んだ川崎だけがサッカーをしている印象で、川崎がどれだけゴールを積み重ねるかが焦点となった。だがこのスタイルを継続的に成功させるには、圧倒的なタレントの確保が必要になる。一方でポゼッション型が支配すれば、それに対抗するカウンター型のアンチが登場するのは歴史の必然でもある。

 新参の町田は、J1でも開幕から強烈なインパクトを残し地元に熱狂を呼び込んだ。それは強度の高い守備を打開するビルドアップが発展途上のJの実情を見極めたうえでの賢明な戦略と見ることもできる。

 町田のJ1第一幕は大成功だった。ただしこれで本当に「常識が塗り替えられる」のかは、もう少し推移を見守っていく必要がある。

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加部 究

かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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