完全復調の衝撃…なぜドイツ代表は蘇った? すべてを変えた男の存在、EURO優勝候補に名乗り【コラム】
フランスとオランダに連勝したドイツ代表、復帰のトニ・クロースが示した絶大な影響力
アウェーでフランスに2-0、ホームでオランダに2-1。ドイツ代表が完全に復調している。この2試合で自国開催のEURO(UEFA欧州選手権)における優勝候補に名乗りを上げた格好だ。
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トニ・クロースが代表復帰した。これがすべてを変えたと言っていいだろう。
1人の加入でこれだけ違うものかと驚くくらい、ドイツは大きく変わっていた。EURO2020以来の代表復帰となった34歳のベテランは、4-2-3-1システムのボランチの位置から流れのなかでディフェンスライン近くへ引き、そこから的確なパスワークで攻撃のリズムを司っていった。
ボランチが左センターバックの横へ下り、左サイドバックを高い位置へ上げる。この可変自体はいまどきなんら新しいものではない。例えば、かつてアルベルト・ザッケローニ監督が率いていた時の、遠藤保仁の役割と同じだ。そしてクロースも遠藤のようにチームに絶大な影響力を与えていた。これは「形」の効果ではなく、あくまで「人」によるものだ。
日本代表のあの可変を導入したのはザッケローニ監督だった。遠藤の独断でああしていたわけではない。しかし、遠藤が不在だと同じようには機能しなかった。ドイツの場合もクロースがいてこその効果である。
いつでもパスを出せるし、ドリブルでかわすこともできる持ち方。角度をつけたリリース。ポジショニングとボールの動かし方の妙。こうした技術と戦術はクロース固有のもので、教えようとして教えられるものではない。ユリアン・ナーゲルスマン監督の功績はクロースを復帰させた決断がほぼすべてだろう。
メトロノームのようなクロースが刻むリズムによって、チーム全体が落ち着きと自信を得ていた。ジャマル・ムシアラ、フロリアン・ビルツ、イルカイ・ギュンドアンの2列目が活性化。ビルツとムシアラが左右のハーフスペースでプレーできるようになった。1トップのカイ・ハフェルツも含めた4人の技巧派が存分に力を発揮していた。
ドイツ代表が物語っていたもの…ビルドアップの成否を分けるスペシャリストの存在
近年、ポジショナルプレーの普及によって自陣深くからパスをつないでビルドアップすることが当たり前になっている。同時に、それをハイプレスで奪えばチャンスになるので守備側のビルドアップ対策も進化した。
このビルドアップ対ハイプレスの攻防では、短期的にハイプレス側が有利になる。これはJリーグでも見られる現象で、ポジショナルプレーの普及でビルドアップの仕組みを知ったので、それに対応する守備が整理されたからだ。
そうなると技術の優位がなければビルドアップ側は打開しにくい。クロースのような選手が必要になっている。
アーセナルではデクラン・ライスを左SBのオレクサンドル・ジンチェンコが補佐する形でビルドアップが行われていて、リバプールでは右SBトレント・アレクサンダー=アーノルドをビルドアップの軸に起用していた。これらは「偽SB」という形の効果よりも、誰がより多くパスワークに関与するかという「人」の効果を狙っている。
それぞれビルドアップの「形」はあるにしても、その中心にスペシャリストがいるかどうかで成否が決まってくる。形も必要だが、それ以上に人。特に代表チームではそれがより重要ということをクロースで蘇ったドイツは表していた。
(西部謙司 / Kenji Nishibe)
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。