「偉大なジーコがもたらした」鹿島のクラブW杯躍進 礎を築いた“神様”の功績に欧州が再注目

スペイン地元紙「91年に38歳で加入、年俸300万ドルの野心的な計画」

 FIFAクラブワールドカップ(クラブW杯)で世界中の注目を一気に集めているのは、開催国枠の出場でアジア勢初となる決勝進出を果たした鹿島アントラーズだ。レアル・マドリードとの決勝での激突が決まったこともあり、その注目度はスペインではさらに上がっている。その鹿島の礎を築いたのは「白いペレ」こと元日本代表監督のジーコ氏だった、とレアルのお膝元であるスペイン紙「ABC」が特集している。

 同紙の記事では、ホームタウンである鹿嶋市が「人口わずか7万人で、東京から120キロの東海岸に位置する小さな町」と紹介し、日本有数の工業地帯であることに触れている。その鹿島という街にサッカーのアイデンティティーを与えたのはジーコだったと、常勝軍団ぶりとともに描写している。

「日本のチャンピオンチームは、1992年にプロ化された。そしてここまで8度のリーグ優勝、6度のリーグカップ(ルヴァンカップ)優勝、4度の天皇杯優勝、2度のスルガ銀行チャンピオンシップ制覇を成し遂げている。その偉大な成績は、“白いペレ”で知られるブラジルサッカー史で偉大な選手であるジーコがもたらしたものだった」

「(入団した)91年の時点でジーコはすでに38歳だったが、年俸300万ドル(約3億5000万円)による野心的な計画は、日本サッカーに対してのジーコの関心を集めた。ジーコは今もチームに根づく強度を植えつけ、カシマ・アントラーズの土台となった」

 

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