日本人獲得は「賢い補強」手段 プレミアリーグで高まるニーズ…高評価を支える2つの“時代の流れ”【現地発】

ブライトンでプレーする三笘薫【写真:Getty Images】
ブライトンでプレーする三笘薫【写真:Getty Images】

日本人フットボーラーへの見方を変えた代表チームの進化

 日本人対決——この言葉に胸が高鳴ることはあまりなかった。実態は日本人選手が所属するチーム同士の対戦にすぎず、プレミアリーグのお膝元では注目されようのない視点であるケースが多かったからだ。しかし、状況は変わり始めている。見どころとなる両軍主力の対決として、イングランド国内のメディアやファンからも期待を込めた眼差しを向けられるようになってきた。

 和製プレミアリーガーは現在3人。一昨季からアーセナルの冨安健洋は、怪我の不運がなければ、マンチェスター・シティに逆転された昨季タイトルレース終盤に「重要戦力」としての認知度を一層高めていたことだろう。三笘薫は、プレミア初挑戦だった昨季にブライトンの枠を超えた「時の人」に。今季も、第2節ウォルバーハンプトン戦での独走ゴールが日本人初の受賞となるプレミアの「ゴール・オブ・ザ・マンス」に選ばれている。同節では、遠藤航がリバプール移籍翌日にしてデビューを果たした。

 リバプールは、遠藤を迎えた中盤中央と同様に前線の補強も今夏の重要課題であったとしたら、昨季のLASKリンツで計25得点に直接絡んだ中村敬斗の獲得をスタッド・ランスと本気で争っていたとも考えられる。リバプールのようなビッグクラブが、要所の即戦力として日本人の獲得に動く。一昔前には考えられなかったことだ。何が“日本人フットボーラー”に対する見方を変えたのか? 英高級紙「ガーディアン」のマージーサイド担当を務めて長いアンディ・ハンター記者に質問を投げかけてみると、即座に「日本代表」との答えが返ってきた。さらに、ハンター記者はこう続ける。

「以前は、組織としてハードワークに徹する集団という印象だった。個としてはこっちの選手ほどできない気がした。それが、(カタールW杯で)ドイツとスペインにも勝ったチームの様子を見ていると、イングランドでも通用するのではないかと思えた」

 彼はその類ではないが、この国では2002年が日本のW杯初出場だったと記憶している人が多い。その理由でもある非開催国としてのW杯初勝利は2010年まで持ち越された。その南アフリカ大会代表にしても、いわゆる世界水準との距離を測る尺度とされる欧州キャリアの持ち主は4人だけ。

 その点、近年の代表は、監督がその気になれば「海外組」だけで試合に臨むこともできる。2018年ロシア大会16強での惜敗は、ケビン・デ・ブライネ(マンチェスター・シティ)をはじめプレミア選手が多かったベルギーが相手。2大会連続でベスト8進出に迫った前回大会、PK戦で敗れた相手は4年前にイングランドを延長戦で下していたクロアチアだった。この9月にはイングランドが歴史的な宿敵として意識するドイツから再び勝利。その現日本代表を、ボランチとしても主将としても支える遠藤の移籍を、「もっと早く決まっていれば、意外ではなく、賢い補強だと言われていただろう」と理解するリバプールの地元民は、ハンター記者だけではないはずだ。

データ分析が打ち消した日本人への先入観

 無論、代表の進歩は育成を含むJリーグ全体のレベルアップが背景にある。最終ラインでのポジションを問わない冨安の万能性と足もとを高く買っているアーセナルのミケル・アルテタ監督などは、「彼にすれば、右も左も違いはない。ユース時代から受けてきた指導の賜物だ」と言っている。

 ただし一般的には、Jリーグ誕生からの過去30年の間にスパイクを脱いだ“現役識者”を含むイングランド人の大半が抱くJリーグ像は「ギャリー・リネカーが行った極東のマイナーリーグ」のまま。そこでの実績は評価の対象にはされない。加えて、「サッカーの母国」にして「プレミア最強」を自負する人々は、日本人選手がステップアップの舞台とする欧州大陸側のリーグをも上から目線で眺める。

 だが、この点に関してはサッカー界全体の時流が日本人に味方し始めた。テクニックとタクティクスもさることながら、データ分析の重要性が高まったことにより、各種スタッツがネガティブな先入観を打ち消してくれる。中村を巡る一件にしても、数値による裏付けが乏しかった当時であれば、高級紙の「デイリー・テレグラフ」や、大衆紙との中間に位置する「デイリー・メール」紙は、その信憑性を疑ってかかっていただろう。23歳の日本人ウインガーは、オーストリア1部のチームが海外で初の完全移籍先だった。それが1対1での強さや、前線からの守備能力の高さを示すデータが伴うとなれば、プレッシングも波状攻撃の一環のようなユルゲン・クロップ率いるリバプール向きと理解できる。

 川崎フロンターレから三笘を獲得したブライトンは、データをフル活用した賢明な補強ではパイオニア的存在だ。スカッドの給与総額がチームの総合力とも言われるプレミアで、クラブの資金力レベルを上回る競争力を見せている。推定250万ポンド(約4億5000万円)の移籍金は、同規模の補強例を探すことが難しい「廉価」レベル。数少ない例として、同じ一昨年の夏にフルハム(当時2部)が300万ポンドで獲得した当時26歳のナサニエル・チャロバーがいるが、プレミアに復帰した昨季は戦力にならず、今年1月にウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(2部)へと放出されている。

 一方、現役時代にはウイングでも起用された国産テクニシャンのジョー・コールが、解説者として「若いウインガーは見て学ぶべき」と評する三笘の市場価値は軽く10倍に跳ね上がった。遅くとも来夏にはビッグクラブへのステップアップが見込まれるが、ブライトンも移籍市場での大きな利鞘を見込めるわけだ。出身大学での卒論テーマがイングランドでも有名なドリブラーは、新手のマーケットとして日本の大学サッカー界により多くの目を向けさせることも間違いない。実質的にU-23リーグの代わりのような機能を持つ異国の大学リーグは、高騰の一途を辿る移籍金を最低限に抑えられる引き抜きルートと考えられるようになっている。

英国のEU離脱が労働ビザ取得の追い風に

 プロ経験も代表経験も浅い20代の外国人選手となれば労働ビザ取得の問題があるが、そこには図らずも英国による2020年のEU離脱が生んだ追い風が吹いている。国際レベルのスポーツ選手ビザとポイント制審査システムの導入により、EU国籍以外の選手も外国人としての必要条件は同じ。A代表での出場歴が取得条件に満たなくとも、Jリーグよりも実績に応じて与えられるポイント数が多い欧州大陸のリーグでビザ取得準備を進めてイングランドに渡るプランが組めるようになった。

 三笘は、ブライトンのオーナーが所有するベルギーのロイヤル・ユニオン・サン=ジロワーズへのローン移籍で取得条件をクリアしたが、息のかかった「預け先」を用意できるマルチクラブオーナー路線は選択者が増える傾向にある。今季開幕時点ではプレミアの9クラブ、中山雄太(ハダーズフィールド)、三好康児(バーミンガム)、坂本達裕(コベントリー)のいるチャンピオンシップ(2部)でも6クラブが、グループ傘下の他クラブを持つ。今季からは、最大でも4人に限られるが、ポイント数が足らない外国人選手との契約を認める緩和策も導入されている。

 妙な言い方だが、イングランドではサッカーの後進国、続いて途上国という目で眺められてきた日本に時代が追い付いてきたとも言える。10月8日のプレミア第8節、ブライトンの「大看板」である三笘と、リバプールで唯一の「本職6番」としての遠藤が顔を合わせる日本人対決が、いつになく楽しみだ。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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