逆風とリスクの中での移籍 ブラジル人FWアデミウソンの町田加入が巻き起こした議論【コラム】
得点源エリキの代わりとして期待
J2のFC町田ゼルビアは9月5日、アデミウソンの獲得を発表した。このブラジル人アタッカーの加入が議論を引き起こしている。
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まずはアデミウソンが加入するに至ったいきさつを振り返る。8月19日、攻撃陣の大黒柱として今季18ゴールを挙げ、得点ランクでトップ(当時)に立っていたエリキが全治8か月の大怪我を負った。
原靖フットボールダイレクターはその時点で、現有戦力で残りの試合を戦っても大丈夫ではないかという考えも持っていた。だが、ミッチェル・デュークがオーストラリア代表で、藤尾翔太と平河悠がU-22日本代表で招集される可能性を考えると、「取れるのに取らなかった」という後悔はしたくなかったという。
だが、移籍ウインドーは閉じていて、その時点で獲得できるのは育成型期限付きで獲得できる選手か、あるいは無所属の選手。育成型期限付き選手でも候補はいたが、相手チームの事情を考えると放出できないだろうと思っているところに、アデミウソンがフリーになっていて、他チームが獲得しようとしているという情報だった。
だが、しばらくすると移籍話が暗礁に乗り上げたという一報が入り、タイミングを逃さず移籍話を進めた。最初は2部リーグということで難色を示したが、そこは年代別ブラジル代表でともにプレーしたエリキがアデミウソンを説得し、合意に至ったということだった。
だが、アデミウソンが前回日本を離れることになったのは問題があったからだ。
アデミウソンは2020年10月25日、飲酒運転で隣を走る車に接触し、そのまま逃走したとして書類送検され、12月28日に契約解除されていた。
果たして過去に問題があった選手を獲得すべきかどうか。この点にさまざまな意見が出ている。
原ダイレクターは「僕自身は更正、プレーするチャンスを与えないのはどうかと思っている」「もちろん避けて通ることはできるが、29歳は一般の社会からするとまだまだ若い。本人とも『この約束を破ったら次はないぞ』とよく話をして、加入するのにいろんな人が関わってここにいることは強く伝えた」と獲得に至った経緯を説明した。
9月いっぱいは調整で終わる可能性も
アデミウソンは、9月5日の初練習参加後に取材に応じた。「前回、日本を離れなければいけなくなった出来事を自分で語り、それに対する今の心境を教えてほしい」という厳しい質問に対して、「正直、自分が犯したことに関してそういう話を聞かれるのではないかという状況を理解していました」と追求を覚悟していたと語り始めた。
そして、「ああいう事故を起こしてしまったこと、被害に遭われた方に非常に申し訳なく思っていますし、そのことをすごく後悔しています。それから、同じようなミスを繰り返すことは決して許されることではないと思っています」と反省の弁を口にしている。
あとは、去年まで教育者だった黒田剛監督が人間教育をできるかどうかということもあるだろう。
「人間って失敗しながら、更生したり成長したりするものだから。1回失敗したり、警察にお世話になったりしたらもう生きていけない、職もすべて失って一生そういう状況になるっていうのはありえない話ですよ。まだ29歳の青年なので」
「飲酒運転をしたことを反省しながら、2回目の日本へのチャレンジということも重く受け止めていると思うし、信頼を取り戻そうと思って、プレーで応援してくれている人に恩返しするしかないと思っている。その彼の本気度をしっかりと表現してほしいし、結果で示してほしいと思う。X(旧ツイッター)の検索ワードに『アデミウソン』が上位に上がってくるくらい、いろんな人が注目しているなかで『全然大したことない』と、チャレンジに失敗すればその後のサッカー人生に影響するというのも十分分かっているはず」
黒田監督の言うとおり、かつて横浜F・マリノスやガンバ大阪で輝いたストライカーは、世間からの冷ややかな視線を浴びながら復帰することになる。しかもエリキの代わりという重責も担わなければならない。初めてのJ2リーグということにも戸惑いはあるだろう。もし残り10試合で失速し、昇格を逃すようなことになってしまえばアデミウソンに対する批判の声は一層大きくなるはずだ。
黒田監督は「一生懸命守備にも頑張ってやっていた。多分エリキにも相当レクチャーされていると思うし、このチームはそこをサボったら絶対ダメで、走らなければならないチームだということも分かったうえで本人も覚悟決めてきて、妥協なくやっている」と現時点での評価を与えている。
そうは言っても、いきなり結果を出せるほど甘いリーグではないだろう。7月中旬以降、怪我もあって試合に出ていなかったことを考えると、9月一杯は調整で終わる可能性も十分ある。
たぶんアデミウソンもいろいろなリスクが分かったうえで再来日したはずだ。残暑の残る今の季節よりも一足早く冷たい逆風が吹くなか、ストライカーには信頼を取り戻すための厳しい旅が待っている。
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。