吉田麻也、なぜアメリカへ? 意外な決断と思惑の背景…代表復帰への思いと将来も見据えた理想的な環境【コラム】

アメリカで新たな挑戦をスタートさせる吉田麻也【写真:Getty Images】
アメリカで新たな挑戦をスタートさせる吉田麻也【写真:Getty Images】

森保監督も吉田のLAギャラクシー入りに驚き、高いモチベーションで新たな船出

 日本代表キャプテン・遠藤航のリバプール移籍報道が日本中を驚かせているが、前キャプテン・吉田麻也のほうは8月上旬、アメリカ・メジャーリーグサッカー(MLS)のロサンゼルス(LA)ギャラクシー入りを決断した。20日に予定されていた新天地初戦のレアル・ソルトレイク戦は大型ハリケーンの影響で24日に延期となったなか、「麻也がアメリカというのはちょっとビックリですね。欧州かと思っていたので」と日本代表の森保一監督も意外な決断に目を見張っていた。

 現地時間8日の入団会見で、吉田は「欧州で待つ時間が長くなればなるほど(コンディション低下の)リスクも高くなる。例えば、長友(佑都=FC東京)選手、川島(永嗣)選手、岡崎(慎司=シントトロイデン)選手とかが過去に長い間待っているのを見て、かなり苦労するなというのを見ていたので、なるべく決められればいいなと思ったところにこのオファーが舞い込んだ」と語ったという。やはり、決断を長引かせるよりも、公式戦に出られる安定した環境をいち早く見出したほうがいいという思惑があったのだろう。

 加えて言うと、ドイツやイングランドの2部リーグでプレーするよりも、アメリカという未知なる国に赴いたほうが新たなモチベーションを持てる。MLSにはリオネル・メッシやセルヒオ・ブスケッツ(ともにインテル・マイアミ)、ジョルジョ・キエッリーニ(ロサンゼルスFC)らビッグネームが続々と参戦しており、吉田にしてみれば、今まで対戦したことのない面々と戦えるチャンスがあるということだ。

 英語を流ちょうに話せる吉田なら、アメリカでのコミュニケーションは全く問題ないし、同じロサンゼルスを本拠地とするエンゼルスの大谷翔平のような別競技のトップアスリートとの交流も生まれる。すでにエンゼルスの始球式を登場しているが、「サッカーバカにはなりたくない」と子供の頃から思っていたという彼にしてみれば、ある意味、理想的な環境とも言えそうだ。

 吉田がMLSに目を向けたもう1つの大きなポイントは、2026年北中米ワールドカップ(W杯)ではないか。日本代表がアメリカで試合をすることになるとは限らないが、この国の環境を熟知しておけば、なんらかのアドバンテージにはなるだろう。

2019年のアジアカップに出場した吉田麻也【写真:田口有史】
2019年のアジアカップに出場した吉田麻也【写真:田口有史】

代表復帰も見据える吉田、「来年1~2月のアジアカップに出たい」と公言

 2022年カタールW杯のあと、「代表キャリアをどうするか? 考えます」と言葉を濁していた吉田。けれども、時間の経過とともに、国を背負って戦うギリギリの緊張感の中に再び身を投じたいという思いが強まっていった様子だ。「来年1~2月のアジアカップ(カタール)に出たい」と会見で公言したのを見れば、代表復帰への思いは高まる一方なのだろう。

「MLSに関しては、久保裕也がシンシナティ、高丘陽平がバンクーバー(・ホワイトキャップス)にいることはスカウティングの中でもチェックしてますけど、非常に盛り上がりがあると思いますし、世界各国のいい選手を揃えながらレベルが上がっていると思います。 それと、LAギャラクシーには、私がサンフレッチェ広島の選手時代に一緒にプレーしたダニエル・カリッチマンがコーチを務めているので、全く無縁ではないんです」と森保監督は嬉しそうにコメントしていたが、元同僚とのホットラインも生かしつつ、吉田の様子をフォローしていく模様だ。間もなく35歳になる吉田がどのような変貌を遂げるのか。そこは指揮官にとっても楽しみな点ではないか。

 ただ、LAギャラクシーの今季中断前の成績がウエスタン・カンファレンス13位と低迷を強いられている点は気がかりだ。10月中旬から始まるプレーオフには、上位7位に入らなければ参戦できない。

 吉田も会見で「アジアカップに行くためには、このチームでプレーオフに行かないといけない。そうしないとアジアカップまでかなりの期間が空いてしまうので」と語っていたようだが、10~12月まで公式戦をこなしていない選手を森保監督はおそらく招集しないだろう。

 そこは代表キャップ数126試合という偉大な実績を残している彼ならよく分かっている点だ。ここからチームを活性化し、勝利という結果を積み重ね、プレーオフ行きを勝ち取ることが肝要だ。それが2026年北中米W杯への第一歩と言っていい。

名古屋U-15時代のコーチも将来的なJFA会長に太鼓判「大役をこなせる唯一無二の人材」

 この斬新なチャレンジが結果として代表復帰や2026年北中米W杯に結びつかなかったとしても、吉田にとってはプラス要素が少なくない。

 ご存じのとおり、彼はプロサッカー選手会会長を務めており、日本人選手の地位向上や待遇改善に先陣切って取り組んでいく立場にいる。これまで在籍したオランダ、イングランド、イタリア、ドイツといった欧州のみならず、アメリカのサッカー選手を取り巻く環境や待遇面をしっかり学ぶことで、日本サッカー界に還元できる部分も増えてくるはずだ。

 未知なる異国での経験は引退後にも役立つに違いない。さまざまなことに興味がある吉田だけに、まだセカンドキャリアをハッキリ見据えているわけではないだろうが、彼のキャラクターを考えると、指導者ではなくマネジメントのほうに進む可能性が高そうだ。

「麻也は監督よりもサッカー協会のトップになって組織運営を担うほうが向いている。小さな不安を気にしすぎるところがあるので、勝負の世界よりも、マネジメントしていくほうが持てる力を発揮できる。大役をこなせる唯一無二の人材だと確信しています。引退後は宮本(恒靖=サッカー協会専務理事)のようにFIFAマスターへ進むなどして知識と経験を身に付けて人脈を作り、要職に就いてほしい」と、名古屋U-15(15歳以下)時代の今久保隆博コーチ(iMA代表)も語っていたことがある。

 将来的に日本サッカー協会(JFA)の会長になるのであれば、MLSでの貴重な経験は非常に大きな糧になる。この先、吉田がどういう道を進むか分からないが、とにかく今は新大陸で暴れ回り、1人のDF、そして1人の人間として、さらなる飛躍を遂げてほしいものである。

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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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