女子W杯、熱気ない開催国のリアル事情 競技スポーツとして人気も…国内リーグへ無関心な豪州の実情【現地発コラム】

女子W杯開幕を控えるホスト国オーストリアの盛り上がりとは?【写真:Getty Images】
女子W杯開幕を控えるホスト国オーストリアの盛り上がりとは?【写真:Getty Images】

自国開催でも放映権料はカタールの30分の1、有料配信主体で地上波は15試合限定

 オーストラリア&ニュージーランド共催の2023年FIFA女子ワールドカップ(W杯)の開幕が目前に迫った。オーストラリアではグループリーグB組・豪州代表「マティルダズ」対アイルランド代表「ザ・ガールズ・イン・グリーン」のオープニングマッチが現地時間7月20日午後8時、シドニーの「スタジアム・オーストラリア」でキックオフ。同スタジアムで予定されている8月20日の決勝までの1か月間、32チームが2か国にまたがる10会場で64試合を戦う。

 ところが、記者の肌感覚では、開催国のわりには豪州の主要メディアの報道は少なめな印象で、一般市民の注目度も今ひとつ盛り上がりに欠けているように見える。

 熱気の低さは、放映権料や地上波の無料放送の規模にも現れている。豪州国内の女子W杯放映権は、通信大手2位のオプタス(シンガポールの同業シングテルの子会社)が獲得した。金額は正式に公表されていないが、2021年6月4日付の豪経済紙「オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー」によると推計約800万米ドル(約11億1000万円)。巨額のマネーが動く男子W杯と単純に比較できないものの、約300億円とされる昨年のカタールW杯のおよそ30分の1にすぎない。

 オプタスは自社のストリーミング配信「オプタス・スポーツ」を通し、サブスクで全試合を生中継する。料金はオプタスの携帯電話などの既存契約者が1か月当たり6.99豪ドル(約660円)だが、非契約者は24.99豪ドル(約2400円)。物価が日本より高いオーストラリアとはいえ、熱心なサッカーファンでなければわざわざ課金する人は少ないだろう。

 地上波では、オプタスからサブ放映権を買い取った民放「セブン・ネットワーク」が一部無料で放映するが、豪州代表の全試合を含む15試合のみに限られる。最近になってオプタスは11試合を無料で配信すると発表したが、それでも無料で観戦できるのはセブンと合わせて全試合の4分の1にとどまる。

 どんぶり勘定だが、約1000万人と言われているオプタス全契約者の5%に当たる50万人がストリーミング配信を見たと仮定すれば、売上高は350万豪ドル(約3億3000万円)。非契約者も同じく50万人見れば125万豪ドルで合計500万豪ドル(約4億7000万円)。オプタスがセブンに売ったサブ放映権料は不明だが、多めに半分の5億円と見積もっても合計約13億円。収支はトントンといったところか。

 W杯でも女子団体競技は収益的に厳しい。それが世界のスポーツビジネスの現実なのだろう。

 そんなスロースタートのなか、豪州代表マティルダズは開幕6日前の7月14日、フランス代表レ・ブルーとのフレンドリーマッチを南部メルボルンのドックランズ・スタジアムで行い、1-0で勝利を飾った。

 膠着状態で迎えた後半21分、豪州代表は途中出場した弱冠20歳のメアリー・ファウラー(マンチェスター・シティ)が、ヘイリー・ラソ(レアル・マドリード)の右サイドからのパスを受け、ペナルティーエリア手前右から快身の左足弾をゴールに突き刺した。これが決勝点となり、世界ランキング10位の豪州は前回2019年大会の開催国で同5位と格上のフランスに白星を挙げた。

 豪州代表公式サイトによると、この日はドックランズ・スタジアムに5万629人の観客を動員し、同代表の国内試合としては最多記録を更新。収容人数約5万6000人の同スタジアムをほぼ埋めた模様だ。東京ドームの収容人数が約5万5000人であることを考えると、都市圏全体の人口が約500万人と首都圏よりはるかに少ないメルボルンで、約1%に当たる5万人以上を集めたマティルダズの集客力は意外と侮れない。

競技人口は多いが、観戦スポーツとしての人気は欧州リーグ優位の「二重構造」

 豪州のサッカー事情に精通する在豪ライターのタカ植松氏は「男子にも共通して言えることだが、豪州のフットボール(サッカー)には、観戦するプロスポーツと自らがプレーする競技スポーツという二重構造がある」と話す。

 どういうことか? 豪州のプロスポーツは、主に東部で人気があるナショナル・ラグビー・リーグ(NFL=4回のタックルで攻守が入れ替わる展開の早い13人制ラグビー)、南部を中心としたオーストラリアン・フットボール・リーグ(AFL=楕円形のクリケット競技場で行う、蹴りの要素が強いラグビー系競技)、そして英国の伝統的なクリケットが主流。サッカーはこれら3種目の後塵を拝している。

 そのうえ、熱心なサッカーファンは、W杯や欧州リーグの試合は見るけど豪国内プロリーグ「Aリーグ」には関心がない、という人が多い。「レベルの高い海外の試合を見慣れていると、どうしてもAリーグは物足りない、となってしまう。女子リーグ『Aリーグウィメン』に関しても同じことが言える」と植松氏は指摘する。

 一方、競技スポーツとしては、サッカーは子どもを中心に圧倒的に人気が高い。豪州政府の統計によると、0~14歳のサッカー競技人口(2022年)は74万8200人と水泳に次いで多く、団体競技では最多。参加率は0~14歳人口全体の14.9%と高い。このうち25%は女子が占める。豪州では女子の参加者が多いネットボールと人気を二分している。

 親としては、怪我の危険が高いラグビー系競技を避け、より安全とされるサッカーを積極的にやらせる傾向があるようだ。通称「サッカーマム」(サッカーお母さん)が車に子供たちを乗せて練習に連れていく光景は、豪州では土曜日朝の風物詩となっている。

 高校生の長女も地元クラブでサッカーをプレーしているという植松氏はこう指摘する。

「サッカーは草の根のスポーツとして地域社会に根付いている。競技人口が多く、選手のレベルは高い。ところが、トップレベルのエリート選手は国内に目が向いていない。女子のトップ選手もほとんどがイングランドや米国、北欧など海外に拠点を移してしまい、競技スポーツとしての人気が国内リーグの発展に直結していない」

豪州代表のグループリーグ突破は必須、勝ち進めば国民的熱狂も

豪州代表のエースストライカーで主将のサム・カー【写真:Getty Images】
豪州代表のエースストライカーで主将のサム・カー【写真:Getty Images】

 それでも、5万人以上の観客を集めて快勝したフランス戦に続き、マティルダズが本番で快進撃を続ければ、盛り上がりは期待できそうだ。

「いったん大会が始まれば、盛り上がるかどうかは結局、自国の活躍次第。競技人口が多い分、憧れの選手が活躍すれば、プレーしている女の子たちも熱狂するし、その親もフットボールが好きになって、裾野を広げてくれるのではないか」(植松氏)

 実際、豪州代表はどの程度活躍できるのか? 植松氏は「豪州代表のグループリーグ突破はマスト。今大会でレガシー(遺産)を残し、女子サッカーが本当の意味で豪州に定着していく良い機会になるといい」と期待する。

 グループリーグの組み合わせは悪くない。B組で相対するカナダは東京五輪金メダルの強豪だが、一時期の勢いはなく「勝てない相手でもない」という。ナイジェリア、アイルランドは格下だ。

 豪州代表の注目選手は? 「筆頭は、絶対的なエースストライカーで主将のサム・カー(FW=チェルシー=29歳)。イングランドのトップリーグで21年の最多得点を叩き出すなど大活躍している。また、技術と美貌を兼備し、早くから代表に選ばれたエリー・カーペンター(DF=オリンピック・リヨン=23歳)も見逃せない」(植松氏)

「自国開催での初戴冠が理想だが、ベスト4以上も十分狙える」――。なでしこはもちろん、マティルダズの活躍にも注目だ。

(守屋太郎 / Taro Moriya)



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守屋太郎

もりや・たろう/1993年に渡豪。シドニーの日本語新聞社「日豪プレス」で記者、編集主幹として、同国の政治経済や2000年シドニー五輪などを取材。2007年より現地調査会社「グローバル・プロモーションズ・オーストラリア」でマーケティング・ディレクター。市場調査や日本企業支援を手がける傍ら、ジャーナリストとして活動中。

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