イニエスタ、バルサ→神戸で築いた一時代 スターの心を動かした両クラブが交わる感動的な瞬間

ピッチを去るアンドレス・イニエスタと歩み寄るバルサのシャビ監督(左)【写真:徳原隆元】
ピッチを去るアンドレス・イニエスタと歩み寄るバルサのシャビ監督(左)【写真:徳原隆元】

【カメラマンの目】03年から追い続けたスペインの名手の姿

 やはりその場面は感動的だった。

 6月6日の親善試合、ヴィッセル神戸対バルセロナ戦の後半36分。慣れ親しんだ古巣と対戦し、万感の思いを胸にピッチを去るアンドレス・イニエスタに盟友シャビ・エルナンデスが歩み寄り、親愛の情を表す。バルセロナ側のベンチにいた選手やスタッフたちも立ち上がり拍手を送っていた。

 スペイン・カタルーニャの雄バルセロナの中盤をともに支えた2人なだけに、そうした場面があるだろうと予想はしていたが、実際にイニエスタとシャビが抱擁する姿を写真に収めると、やはり感動を覚えた。

 イニエスタの偉大な功績を称えるために日本へとやって来たバルセロナ。その試合にキャプテンマークを巻いて先発出場を果たしたイニエスタは、中盤の左サイドから得意のワンタッチプレーで味方にパスを供給しながらリズムを作り、徐々に本領を発揮していく。時間の経過とともにチャンスと見ればバルセロナゴールへと迫るとシュートを放ち、持てる高い技術は健在であることを証明して見せた。

 世界屈指の強豪バルセロナで一時代を築いたイニエスタをこうして写真に収める機会が増えたのは、言うまでもなく彼が神戸に加入したことにほかならない。そのイニエスタが日本を離れるときが刻一刻と近付いてきている。

 改めてこれまでに彼の撮影歴を調べてみた。取材ノートのなかにイニエスタの名前を最初に記したのは、2003年3月11日カンプ・ノウで行われたUEFAチャンピオンズリーグ(CL)のバルセロナ対バイヤー・レバークーゼン戦である。

CLのレバークーゼン戦でプレーするイニエスタ【写真:徳原隆元】
CLのレバークーゼン戦でプレーするイニエスタ【写真:徳原隆元】

 当時のバルセロナの中心選手にはパトリック・クライファート、フアン・ロマン・リケルメ、ハビエル・サビオラらが名を連ね、18歳のイニエスタは後半23分にマルク・オーフェルマルスと交代してピッチに立っていた。

 イニエスタがトップチームにデビューしたのが02年10月。彼がデビューしてまだ5か月のときに出場した試合のゴール裏にいたことになる。その試合の記録メディアを確かめてみると、幸運にも数枚だが若き日のイニエスタの姿が写っており、これがのちにスペインを代表する名手となる選手を撮影した最初となった。

15年のクラブW杯で優勝、華麗なチームを牽引したイニエスタの姿

クラブW杯のトロフィーを掲げるイニエスタ【写真:徳原隆元】
クラブW杯のトロフィーを掲げるイニエスタ【写真:徳原隆元】

 その後のイニエスタはもはや説明する必要もないほどバルセロでの地位を確固たるものにし、数々のタイトルを獲得していく。2015年12月に日本で開催されたFIFAクラブ・ワールドカップ(W杯)でバルセロナは優勝を果たすことになるが、イニエスタもキャプテンとしてチームを牽引し、存分に存在感を発揮した。

 ヨーロッパ代表として大会に参加したこのときのバルセロナは、リオネル・メッシ、ネイマール、ルイス・アルベルト・スアレスと強力なアタッカー陣を揃え、サッカーの美的表現の限界に挑戦するような華麗なチームだった。そして、美しきサッカーの調べを奏でるバルセロナを指揮していたのはイニエスタだった。

クラブW杯でも創造的なプレーで観衆を魅了した【写真:徳原隆元】
クラブW杯でも創造的なプレーで観衆を魅了した【写真:徳原隆元】

 イニエスタのような仕事人は、周囲の選手が魅惑のテクニックで光彩を放てば放つほどその存在は際立つことになる。爆発的な攻撃力を秘めたチームにあって、イニエスタはゲームの流れを巧みに読み、素早い状況判断から正確無比なパスを武器に攻守を支える存在であった。背番号8番は派手さこそないが、彼の高い基本技術から生まれる的確なプレーによって、バルセロナの華麗なサッカーは完成したのだと思う。

18年に神戸へ…スーパーカップで垣間見たスターの珍しい表情

クラブW杯にキャプテンとして出場したイニエスタ【写真:徳原隆元】
クラブW杯にキャプテンとして出場したイニエスタ【写真:徳原隆元】

 そして18年、イニエスタは活躍の舞台をスペインから日本へと移す。イニエスタという存在が身近になり、彼を撮影することが増えたなかで気に入っている1枚の写真がある。それは神戸が第99回天皇杯を制し、リーグチャンピオンと対戦した2020年の富士ゼロックス・スーパーカップ(現・富士フイルム・スーパーカップ)の決勝戦で撮影したものだ。

 神戸はこのシーズンの開幕を告げる試合を3-3の同点からペナルティーキック(PK)戦を制し勝利を挙げている。選手たちがサポーターへと挨拶に行くなかで、イニエスタに声をかけると振り返るように視線をこちらに向けてくれた場面を写真に収めたのだが、これが感情を表に出すことが少ない彼にしては珍しい表情を切り取った1枚となった。

日本では2020年の富士ゼロックス・スーパーカップも制した【写真:徳原隆元】
日本では2020年の富士ゼロックス・スーパーカップも制した【写真:徳原隆元】

 神戸を離れる7月1日以降のイニエスタの去就は分からないが、今の時点で彼がプロ選手としてプレーしたクラブはバルセロナと神戸の2チームだけだ。印象に残っているこれらの写真は、これまで刻まれてきたイニエスタのサッカー人生からすれば、ほんの断片でしかない。

 だが、今回のイニエスタとシャビの抱擁は、数々のスター選手が袖を通しプレーしてきたバルセロナの歴史のなかでも、重要で感動的な場面であったことは間違いない。

徳原隆元

とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。

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