Jリーガー出身初のチェアマンが選出 30年間で「とてつもない選手」と感じたのは?

野々村チェアマンが衝撃を受けた選手&監督たち【写真:Getty Images】
野々村チェアマンが衝撃を受けた選手&監督たち【写真:Getty Images】

【特別インタビュー】野々村チェアマンは小野伸二、中村俊輔に衝撃

 1993年に華々しく幕を開けたJリーグは2023年5月15日で30周年を迎える。多くの個性豊かなタレントがプレーし、リーグを盛り上げてきた。「FOOTBALL ZONE」は第6代Jリーグチェアマンの野々村芳和氏を直撃し、この30年間で印象に残っている選手と監督について聞いた。(取材・文=石川 遼/全2回の2回目)

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 野々村チェアマンは1995年に慶應義塾大を卒業し、当時のジェフユナイテッド市原に加入してプロデビュー。2000年にコンサドーレ札幌に移籍し、01年に引退するまで計7シーズンにわたってプロ選手として活躍した。引退後は古巣札幌の代表取締役社長などを務め、2022年3月にJリーガー出身者として初の日本プロサッカーリーグ理事長(チェアマン)に就任した。

 さまざまな立場からJリーグを見つめてきた野々村チェアマンに、Jリーグ30年の歴史で衝撃を受けた選手について聞くと、「僕がやっていた頃で言うとやっぱりレオナルド、ドゥンガ、ジーニョ、ジョルジーニョ、サンパイオといったブラジル人選手」と今も日本で数多くのプレーするサッカー王国出身者を次々に挙げた。そのほかにも、「ピクシーはやっぱり凄かった」と名古屋グランパスでプレーし、その後に同クラブで監督も務めた元ユーゴスラビア代表MFドラガン・ストイコビッチの影響力の大きさにも触れた。

 さらに、野々村チェアマンは「僕が現役の頃に出てきた若い選手の中では(小野)伸二と(中村)俊輔の衝撃は強烈でした」と自身のキャリアの終盤に台頭した2人の日本人ファンタジスタの存在にも触れた。「そんなにたくさん試合をしたわけではないけど、この2人はとにかく凄かった。当時からメディアでも騒がれていましたけど、メディアの情報とはまた別の肌感覚として『とてつもない選手だ』と感じた記憶があります」と当時を振り返った。

 また、2000年代後半にセレッソ大阪で躍動していた元日本代表MF香川真司とMF乾貴士について「香川と乾は(キャプテン翼に登場する)翼くんと岬くんを見ているようだった。若くて、上手くて。よく覚えている」とコンビとして印象に残っていると話した。

印象に残る監督にはペトロヴィッチ氏ら4人を挙げた【写真提供:Jリーグ】
印象に残る監督にはペトロヴィッチ氏ら4人を挙げた【写真提供:Jリーグ】

 監督についても聞くと、「チームを勝たせることができる人はもちろんたくさんいる。甲乙はつけがたいけど、中でも違った視点からサッカーについて考えさせてくれるような監督」と前置きしたうえで「ジェフのオシムさん、広島を大きく変えたミシャ、甲府時代の大木さん、そして川崎時代の風間さん」と4人をピックアップ。「僕の好みですけど、試合を見ていて『こんなふうにサッカーをしてみたい』と思った。監督によってチームが明らかに変わり、何よりも選手が楽しそうにプレーしていた。もし自分がプレーヤーだったら絶対に楽しくプレーできるだろうなと感じました」と語った。

 ジェフにリーグカップのタイトルをもたらし、その後に日本代表監督も務めたイビチャ・オシム氏。親交も深いミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現北海道コンサドーレ札幌)。清水東高校の先輩にあたる大木武監督(現ロアッソ熊本)。そして川崎フロンターレを5シーズン率いた風間八宏氏。引退後には解説者も務め、多くの試合を見てきた野々村チェアマンにとってはこの4人の指揮官が作り上げたサッカーが記憶に深く刻み込まれていたようだ。

[プロフィール]
野々村芳和(ののむら・よしかづ)/1972年5月8日生まれ、静岡県出身。清水東高―慶應義塾大―ジェフユナイテッド市原―コンサドーレ札幌。現役時代は攻撃的MFとしてプレーし、札幌時代には副キャプテンとしてJ1昇格に貢献し、その後はキャプテンも務めた。現役引退後はサッカー解説者や札幌のチームアドバイザー、代表取締役社長、日本プロサッカーリーグ理事などを経て、2022年3月からは史上初のJリーグ出身チェアマンとしてJリーグの発展・価値向上に尽力する。

(石川 遼 / Ryo Ishikawa)



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