「来た時よりも美しく」 日本人サポーター、スタジアムでの“集団ゴミ拾い”が始まった日

スリランカ戦後に続き、UAE戦では誰からともなくゴミ拾いの作業がスタート

 そして、4月15日のスリランカ戦がやってきた。この試合でも日本は5-0と大勝する。試合後、大喜びしたあとに1人の男性が大量のゴミ袋をカバンから出して拡声器を持つ人物に「これ、みんなに呼びかけて!」と手渡す。拡声器を握っている人物は「聖地国立、キレイにして帰りましょう」と大声で叫んだ。

 バングラデシュ戦後に文句を言っていた女性は、実はみんなの心の声を代弁していたのだろう。たちまちいろんなところから手が白い袋に伸び、みんなでゴミ拾いが始まる。

 この当時の座席割りは現在と違っていた。バックスタンドの下段はS指定席、そして上段はA自由席。それだけ観客動員に苦労していたのだろうが、逆にこれが幸いした。バックスタンド上段でみんな腰をかがめて清掃する姿は目立ったのだろう。S席から柵を乗り越えてゴミ拾いに参加する人も現れる。

 これが最初の光景だった。だが、これだけで試合後の清掃活動が定着したわけではない。

 いよいよ日本ラウンドの大詰め、4月18日のUAE戦がやって来た。この日の日本代表はそれまで注目される大切な試合で散ってきたチームとは違っていた。前半、コーナーキック(CK)から柱谷哲二がヘディングで押し込んで先制点を奪うと、後半にもCKから高木琢也が決めて2-0と完勝したのだ。

 もしもこの試合で日本が負けていたら、試合後の観客席はどうなっていただろうか。「やっぱりダメか」という絶望感が広がって、みんなそそくさと家路を急いだかもしれない。

 だが好試合の後はいつまでもその場にとどまりたいもの。そして前回の記憶はしっかりとみんなに残っていた。誰からともなくゴミ拾いの作業が始まる。今度はたくさんの人がゴミ袋を持参していて、スリランカ戦の時よりも多くの人が参加して清掃作業をした。

 この2回目が定着に大いに役立った。勝利という甘い記憶とともに続けられたことで習慣化できたのだ。

 また誰か中心人物がいて指揮したり促されたわけではなかった。ゴミ袋を持参したり、ゴミ拾いをするだけで活動の主体になれた。さらに「来た時よりも美しく」という日本の教えがみんなの心に刻まれていて、自発的に参加する人ばかりだったことがこの運動の息の長さにつながっているのだろう。

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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