「受けて立たない」王国ブラジルの姿に驚き、サッカー大国が様変わり…十数年ぶりの練習風景から見えた大きな変化

ブラジル代表のチッチ監督【写真:徳原隆元】
ブラジル代表のチッチ監督【写真:徳原隆元】

【カメラマンの目】ブラジル代表を追いかけてきたカメラマンに映るチッチ体制とは?

 サッカーは選手、スタッフ、レフェリー、記者・解説者、フォトグラファーなど、それぞれの立場から見える世界がある。22歳の時からブラジルサッカーを取材し、日本国内、海外で撮影を続ける日本人フォトグラファーの徳原隆元氏が、国立競技場で行われた日本対ブラジルの一戦を現地取材。カメラマンの目に映った独自の光景をお届けする。

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 朝から降り続く雨はナイター照明が灯る時間となっても止まず、日本対ブラジル戦を待つ国立競技場のピッチを濡らしていた。ウォーミングアップを行う両チームの選手たち。そんな試合前、雨に濡れることも構わずシュート練習を行うカナリア色の精鋭たちにビデオカメラを向けていたブラジル人テレビクルーとこんな会話を交わした。

「どちらが勝つと思う」というこちらの質問に「3-1でブラジルが勝つ」という答えが返ってくる。

「日本が1点入れられるかな?」
「ああ、日本は良いチームだよ。ところでそっちはどう思う」
「5-0かな」
「で、どっちが勝つ」
「それは言えない(笑)」

 試合は2人の予想など掠りもせず、6万3638人の観衆が見つめるなか1-0でブラジルの勝利に終わった。日本は田中碧、板倉滉がエース・ネイマールの放つオーラに臆することなくタイトな守備で対抗。劣勢の展開でもなんとかゴールを割られず凌いでいたが後半32分にPKからネイマールにゴールを奪取され、ブラジルからの初勝利は次の機会へと持ち越された。

 ブラジル人テレビクルーはリップサービスも含めてか、日本が1点を取ると言っていたが、実際はブラジルから得点を奪うのはかなり難しいと思っていた。そう感じていた理由は試合の2日前に公開されたブラジルの練習を見たからだ。

 1993年からブラジルで時間を過ごすことが多かったため、ワールドカップ(W杯)南米予選や親善試合とセレソン(ブラジル代表)を撮影する機会が何度もあった。練習の場にも試合前日だけでなく、ブラジル代表の合宿施設があるリオデジャネイロのグランジャ・コマリへ足を運んだのも一度や二度ではない。

 しかし、それも今となっては昔。今回のアジアツアーでブラジルが韓国との試合を終えて来日したのが今月3日。その翌日の練習を久しぶりに撮影した。

 思い返せばブラジルの練習は2006年のドイツ大会を控え、スイスのウェッギスで最終合宿を行っていた以来の撮影だった。15年以上の歳月が経過していることになる。

 当然だが15年の月日は当時のサッカースタイルから変化をもたらしている。加速度的に世界は情報化社会となり、サッカーでも相手の研究が容易になり、また研究されることも必至となった。研究と分析によって対策が講じられ、それによってFWが守備を、DFが攻撃と本来のポジションだけでなく、選手たちに求められるタスクは多岐に渡り、戦術の重要度がさらに増している。

 こうした試合での戦い方が変化すれば、それに合わせて練習方法も時代に合ったものへと形を変える。フォーメーション練習では相手GKからDFにボールが出されたところを追い込む動きを確認。直接ボールを追っていない中盤以降の選手も全体のバランスを崩さないように動きを連動させ、前線の選手がボールを奪うと素早く逆襲を仕掛ける練習を繰り返していた。長らくブラジルの練習を見たことがなかったが、こうした前線からボールを積極的に奪う動きの反復に取り組むブラジルを初めて目にした。

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徳原隆元

とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。

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