「ワンダーボーイ」田中達也、レッズで愛されたFWの肖像 血気盛んな原口元気を一喝…浦和の「11番」を定着させた男のキャラクター

現役引退のFW田中達也は浦和でも愛され続ける存在に【写真:Getty Images】
現役引退のFW田中達也は浦和でも愛され続ける存在に【写真:Getty Images】

引退発表を象徴的な背番号にちなんだ「11時11分」にツイッターへ投稿

 J2アルビレックス新潟の元日本代表FW田中達也は、今季限りで現役を引退すると発表した。帝京高からプロ入りした浦和レッズも、その引退発表を象徴的な背番号にちなんだ「11時11分」にツイッターへ投稿するなど、浦和でも愛され続けた存在だった。

 山口県出身の田中は、東京の名門・帝京高へ進学。小柄ながら細かいタッチのドリブルは、当時のアルゼンチン代表の名手にちなんで「和製オルテガ」のニックネームも得た。そして、卒業時の2001年に加入したのが浦和だった。

 プロ初年度となったシーズン、FW福田正博やFW岡野雅之といった日本代表歴を持つ選手たちに加え、FW永井雄一郎やブラジル人FWトゥット、夏には後にJリーグの伝説的なアタッカーとしても認知されるFWエメルソンが移籍加入するような激戦区のなかで、すぐに“スーパーサブ”として出場機会を掴んだ。切れ味の鋭い切り返しと、身体全体を使って左右両足から放つパンチがあるシュートは、スタジアムを大いに沸かせた。

 そして、翌年にハンス・オフト監督が就任するとエメルソンとの2トップが浦和の定番となり「エメタツ」と呼ばれるコンビを結成。オフト監督がまずはチームに組織的な守備を植え付けるなか、高速カウンターでJリーグを席巻。03年にはクラブ初のタイトルとなるヤマザキナビスコ杯(現ルヴァンカップ)をもたらした。その決勝戦でもカットインから右足シュートを決めるなど、MVPとニューヒーロー賞をダブル受賞する快挙を成し遂げ「ワンダーボーイ」のニックネームで親しまれた。

 翌年もアテネ五輪に出場するなど順調なキャリアを重ねていた田中に悪夢が訪れたのが05年だった。10月の柏レイソル戦、浦和が大量リードする展開の中で背後からDF土屋征夫による悪質極まりないタックルを受け、右足首脱臼骨折の重傷。選出のチャンスも十分だと思われていた06年ドイツ・ワールドカップ出場も幻となり、長いリハビリ生活になった。それでも土屋に対する気遣いのコメントを発するなど、人格者の一面を見せた。

 浦和では07年にAFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝を果たした戦いのなか、準々決勝の全北現代戦でゴールするなど貴重な戦力ではあったものの、大きな負傷から復帰した選手が、その後に小さな負傷を繰り返してしまう難しい時期を過ごしていった。それでも、クラブハウスでの明るいキャラクターは変わらず、年齢を重ねるごとに若手選手や移籍加入の選手がチームに溶け込めるようにした心配りは、今でも多くの選手たちが感謝の言葉を残す。

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