柏木陽介、妻へ…平川コーチへ…恩人に誓う“再起” 「サッカー選手だから結婚したわけじゃない」

元日本代表MF柏木陽介【写真:Getty Images】
元日本代表MF柏木陽介【写真:Getty Images】

FC岐阜に入団した柏木が入団会見で思いを述べた 「最初の2週間くらい…」

 J3のFC岐阜に加入した元日本代表MF柏木陽介が、17日に入団会見を行った。浦和レッズを退団するきっかけになった規律違反に反省の言葉を述べ、「最初に声を掛けてくれたFC岐阜さんに行くのが一番」と話した。見放さなかった周囲の思いに応えられるのか、再スタートを切る。

 柏木はサンフレッチェ広島ユースからトップ昇格し、U-20ワールドカップ(W杯)でも活躍。2010年に浦和へ移籍すると中心選手になり、12年に広島時代に指導を受けたミハイロ・ペトロヴィッチ監督が就任すると、よりチーム内で頼られる立場になった。ペトロヴィッチ監督と獲得したタイトルは16年のルヴァンカップのみにとどまったが、その色が濃く残った17年にはクラブ2度目となるAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を制覇。柏木は大会MVPも受賞した。

 翌年からの浦和は徐々にボールを持たないチームに変わり、柏木も負傷を繰り返した。主将に指名されながら結果の出ない重圧にメンタルのバランスも崩れたが、今季はポゼッション志向のリカルド・ロドリゲス監督が就任。始動から復活の気配を感じさせ、緊急事態宣言が発令された中で実現した沖縄県でのトレーニングキャンプも、イキイキとプレーする姿があった。

 しかし、そのキャンプも残り1週間を切った2月上旬、新型コロナウイルスの感染拡大を防止する意味でも設定されたクラブの外出禁止のルールを破り、貸し切りとはいえ外食した。昨秋にも同様の規律違反があったことから、浦和とは移籍先を探して退団することで合意に至った。即時の契約解除とならず、チームスケジュールと別行動とはいえ、個人トレーニングに施設の使用を許したのも10年間チームの中心でプレーした選手に対する浦和の最後の温情だったのだろう。

 それでも柏木は「最初の2週間くらい、反省と心の整理がついていなくて、考えがまとまらないまま過ぎていった」と話す。それでも「頭の中も整理しながらどうやって前を向こうかという時、人間味のあるようにやっていきたいと思い、最初に声を掛けてくれたFC岐阜さんに行くのが一番だと思った。そこから気持ちが強くなり、契約に至った」と、その経緯を話した。

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