中村俊輔、W杯で輝けなかった「日本の至宝」 左足の超絶技巧は“議論の余地なし”

2010年W杯出場時の中村俊輔【写真:Getty Images】
2010年W杯出場時の中村俊輔【写真:Getty Images】

【歴代名手の“私的”技術論|No.3】中村俊輔(元日本代表MF):FKは練習でもお金を取っていいレベル

 中村俊輔は日本サッカー界が生んだ最高のテクニシャンだろう。

 議論の余地のないマエストロで、特に左足のキックの技術は特別だ。居残りでFKや対面パスの練習をよくやっていたが、無回転のボールからスライス、フック、逆回転と、どんな球筋でも正確だった。FKについては、練習でお金を取っていいレベルである。

 ところが、ワールドカップ(W杯)とは不思議なほど縁がない。2006年は中心選手だったがグループリーグ(1分2敗)で敗退、2010年は大会直前に先発メンバーから外れた。オランダ戦で26分間出場したが、この大会で唯一の日本の敗戦(0-1)となっている。中村がプレーして勝ったW杯の試合が一つもないのだ。2000、04年と連覇したアジアカップでは優勝の原動力だったし、W杯予選でもチームを牽引する存在だったのに、本大会での活躍がない。

 日本が初出場した1998年フランス大会は、代表候補だったが選出されなかった。中田英寿、名波浩、山口素弘が盤石で、バックアップに選ばれたのも中村ではなく小野伸二だった。次の2002年日韓大会はレギュラー候補だったにもかかわらず、最終選考で選ばれず。この選考は物議を醸した。すでに技術的には、日本最高の選手だったからだ。

 ただ、中村にはスピードと守備力が足りなかった。フィリップ・トルシエ監督の起用方法は主に左のアウトサイドだったから、三都主アレサンドロ、小野伸二、服部年宏との競争である。

 結果論だが、もし中村が日韓W杯でプレーしていても、あまり活躍できなかったのではないかと思う。中村と直接的に競合していた小野は全4試合に先発した。中盤で叩き合う展開が続くなか、中田英はスペースを失って苦闘。小野は中田英を援護する形でゲームメークしていたが、散発的だった。守備では穴になることも多かった。中村がいても事態はそれほど変わらなかっただろう。一発狙いのロングパスとセットプレーに貢献できる程度だったと思う。2000年アジアカップの時のように、内外のポジション交換を保証してくれる名波がいれば話は別だが、負傷していた名波も選考から外れていた。

 ジーコ監督の4年間は、終始中心選手だった。2006年ドイツ大会の4試合すべてプレーした。初戦のオーストラリア戦(1-3)では先制点を入れている。ただ、これは中村のクロスボールに向かっていった相手GKが柳沢敦、高原直泰と接触したため、そのままゴールインしたラッキーゴールである。

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西部謙司

1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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