才能ある選手に課す「善意のハラスメント」 指導者に問われる「諦め」との境界線
選手の成長を促すための“嫌がらせ” 才能があるからこその「過大な要求」
最初に断っておくが、この文章はJ1湘南ベルマーレの曺貴裁監督の件とは関係がない。ただ、そこでクローズアップされた「パワハラ」について考えてみただけだ。
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ハラスメント(harassment)は直訳すると「嫌がらせ」だ。職場での優位性からハラスメントを行うと「パワーハラスメント」となる。暴力、暴言、仲間外れ、過大(過小)要求、プライバシー侵害がそれに当たるそうだが、サッカーの指導者がこれを善意で行った場合はどうなのだろう。明らかに文字どおりの「嫌がらせ」であったり、暴力暴言の類は論外として、選手の成長のためにハードトレーニングを課したり、過大かもしれない要求をした場合もいわゆるパワハラになるのだろうか。
筆者は法律の専門家でもなんでもないのでよく分からないが、たぶんパワハラになってしまうのではないかという気がする。法や社会規範が、スポーツ界の慣習に優先するのは間違いないからだ。
たんに精神的身体的に苦痛を与えたからといってハラスメントと認定されるわけではなく、「業務の適正な範囲を超えて」という条件がつくので、プロサッカーチームの場合は一般企業と同じにはならないのではないかとは思う。仕事をミスしたから「10キロ走ってこい」は普通の会社ならパワハラだが、プロチームで体重オーバーだから(体重管理という仕事をミスっているから)「10キロ走れ」は、パワハラにはならないだろう。プロサッカー選手は究極の肉体労働者なので、身体的な「業務の適正な範囲」がそもそも違いすぎるわけだ。
ちょっと例を挙げて考えてみたい。
育成チームの監督をしていたある指導者は、「無理矢理でも走らせば良かったかもしれない」と、ある選手について述懐していた。ユース年代では「天才」と呼ばれた逸材だったが、結局プロになって期待されたほどの活躍はできなかった。
才能はあった。しかし、プロで活躍するには才能だけでは不十分である。才能を発揮して“違い”を作れるとしても、それは90分間のうちの2分間ほどにすぎないわけで、(ボールを持っていない)残りの88分間は持っている才能とはあまり関係のない「仕事」をしなければならない。そこが弱ければ、プロとしてフィールドに立つのは難しくなる。
その監督にもそれは分かっていたのだが、無理強いをしてまでハードトレーニングを課すことはしなかった。それはおそらく、当時の選手本人にしてみれば「過大な要求」だったかもしれず、それが原因で精神的身体的に苦痛を感じたとすればパワハラということになったかもしれない。まだプロ契約前なので、それをパワハラとは呼ばないのかもしれないが。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。