ドイツ人記者が見た「ハリル解任劇」 同様の危機を迎えた06年独代表を支えたものとは

「DFBはクリンスマンを信頼したんだ」

「ドイツにおいて(現代表監督の)ヨアヒム・レーブは確固たる地位を築いている。現在のドイツにおいて、電撃的な解任劇は考えられない。ただ、これまで他の監督の時はドイツでもそうした騒動は常にあったんだ。例えば06年W杯前に、ユルゲン・クリンスマンは解任直前まで追い込まれていた。テストマッチの戦績があまりに良くなかったからね」

 少し補足説明をしよう。当時のドイツは、まさに様々なことを変えようとし出していた時期だ。それまでの粘り強いマンマークと、個の強さを生かした武骨で愚直な「ドイツらしい」サッカーから脱却し、チーム全体の戦術理解を高めアイデアとスピードにあふれるコレクティブなサッカーにチャレンジし出していた。だが、変革がすぐに上手くいくはずもない。クリンスマン、そして当時右腕としてアシスタントコーチを務めていたレーブは、苦戦の連続だった。

「W杯前にはイタリアとのテストマッチで完敗したこともあり、メディアに相当叩かれたんだ。大衆紙のビルトは『クリンスマンを解任すべき!』というキャンペーンまで行っていたな。確かに内容的にも、このままでW杯は大丈夫かと不安になるようなところはあった。それでもドイツサッカー連盟(DFB)は、クリンスマンを信頼したんだ。そしてクリンスマンもそれに応えた。あの大会でベスト4に進出できたというのは、素晴らしい成果だった」

 なぜ苦境に陥っていても、DFBはクリンスマンへの信頼を崩さなかったのか。それはいつまでも、自分たちの常識にだけ縛られていてはダメだという覚悟があったからだ。「このままでは良くない」と口にしているだけでは、変わることはできない。アメリカで最先端のスポーツ学をはじめ様々な学問と触れ合い、様々な分野のエキスパートを連れてきたクリンスマンの取り組みが、新しい視点と考えをもたらしてくれると信じることが、ドイツにとって大事な最初の一歩になると思ったからだろう。信念が道を作るのだ。

page1 page2 page3

中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング