妻に伝えた日本復帰「支度しなきゃね」 小川航基、町田移籍の舞台裏「今までにないぐらい考えた」

小川航基が町田移籍の舞台裏を明かした【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
小川航基が町田移籍の舞台裏を明かした【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

今夏オランダからJリーグに復帰した小川航基

 信念を貫くーー。欧州での挑戦を経て、今年8月にオランダ1部NECナイメヘンからFC町田ゼルビアへと電撃移籍を果たしたFW小川航基。5大リーグへのステップアップを視野に入れながらも、なぜJリーグへの復帰を決断したのか。11月シリーズの日本代表に選出されたストライカーが「FOOTBALL ZONE」の独占インタビューで、思いのうちを明かした。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞)

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 眼差しが揺らぐことはなかった。北中米ワールドカップ(W杯)を終えた日本代表FWが今夏、大きな決断を下した。オランダ1部NECナイメヘンからJリーグへ電撃復帰。29歳の小川にとって簡単ではない、悩みに悩んで出した結論だった。

「もちろんヨーロッパで長くプレーしたい、5大リーグに行きたいという思いで常に海外でやっていました。でも現実的な話をすると、僕が行きたいリーグからのオファーがなかった。自分が持った残留なのか移籍なのかという選択肢の中で、(次の)W杯に一番近いと自分が感じたのが町田だったんです」

 桐光学園高校で全国高校サッカー選手権に出場し、注目を浴びると、鳴り物入りでジュビロ磐田に入団。東京五輪世代のエース候補として同年代を牽引してきた。水戸ホーリーホック、横浜FCと経験を積んで、2023年夏にNECへ移籍。欧州で3シーズンを過ごして、今年の北中米W杯メンバーに選ばれた。グループステージ初戦のオランダ戦では土壇場での同点弾を演出。だが、チームは決勝トーナメント1回戦でブラジルに敗れ、ベスト32で大会を去ることになった。

 小川にとっても分岐点。次なる目標はやはりW杯だった。ブレることなく野心に軸を置きながら、今の道を探った。欧州に残るべきか……。もう1つの選択肢は1年近くアプローチしてくれていた町田だった。

「最初に聞いたときは、個人の能力が高い選手が揃っていて、すごくポテンシャルのある魅力的なクラブだなという印象でした。地元の近くというのもありましたし。(町田のフットボールダイレクターの)原さんもオランダまで会いにきてくれました」

 まだNECでプレーしているころから、クラブの原靖FDが実際に3度ほどオランダまで足を運んでくれていた。だが、熱心な姿勢と反して、話す内容は具体的な“オファー”ではなかった。

「『町田はこういうクラブで、こういうことをやっている』という話をしてくれるくらいでした。でも代理人を通じて熱意はずっと聞いていましたし、本当に最後ぐらいで強い思いを聞いた。必要としてくれているんだなと伝わりました」

 思いは受け取った。それでも、決断の引き金を引くのは容易ではなかった。何度も何度も自問自答した。日本行きの飛行機に乗るわずか数日前。心が揺れたからこそ、決意は固かった。

「悩んで、悩んで……今までにないくらい考えました。欧州の移籍ウインドウの最終週って、目まぐるしく状況が変わる。僕は顔を骨折していて、いろんなことが重なって、最後の最後まで決められなかった。欧州でずっと探していてオファーが届かなかった。でも『選択肢がなかったから日本に帰る』というのだけは、自分の中で絶対にしたくなかった。この選択肢(町田)があって、そこに向かって自分の気持ちを持っていく、ワクワクしながら目標を持って帰るというのが成功する秘訣だと思った。肩を落として帰るんじゃない。その整理に少し時間がかかりました。でも決断の軸となったのは自分が目指すべき日本代表という場所に向けて、どう成長していかなきゃいけないか、ということでした」

 妻には決断してから伝えた。「日本に帰る、町田でやる」。返ってきた言葉は一言。「分かった、じゃあ支度しなきゃね」。たった数日で荷物をまとめ、飛行機に飛び乗った。

「僕の決断がないと荷物もまとめられないし、顔も骨折してるしで本当に大変でした。僕だけ先に帰国してサインするパターンもあるんですけど、家族と一緒に帰りたかった」

 背中を押された一言があった。町田の黒田剛監督。オンラインでのミーティングでかけられた言葉は意外なものだった。

「僕の高校サッカー(桐光学園)で最後の試合が、黒田さんが率いていた青森山田だったんです。監督から『またこうして一緒に仕事ができるというのも、1つのすごい縁だと思うから』と口説かれました。そう言われてグッとくるものがあったし、引き寄せられる何かがあるのかなと感じましたね」

 運命も感じた覚悟の移籍。だが、世間からは心無い言葉もあった。「結局お金ではないのか」。もちろんプロ選手としての評価は大切。それでも、小川の“軸”は全く別だった。

「DMはいっぱい来ましたよ(笑)。報道は報道なので想像に任せますけど、別に金額とかは関係ないです。町田さんからありがたい評価をいただいたのは事実ですが、そうじゃなかったとしても僕が選ぶ道は変わらなかった。W杯を軸に考えたときに同じ選択をとっていたと思います」

 何度同じ状況に戻ったとしても、町田への移籍を選ぶ――。小川は言い切った。9月、10月の日本代表メンバーは選外となったが、11月シリーズのシンガポール遠征で復帰。J1リーグで4ゴールを挙げて森保ジャパンの一員に戻ってきた。自らの選択を正解にするために、ピッチで結果を出し続ける。迷いを断ち切った小川の視線はまっすぐ先を見据えていた。

(FOOTBALL ZONE編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi)



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