ブラジルは“真の強豪国”ではない アンチェロッティは衰退を自覚…失った王国の伝統

ブラジルはすでに「ブラジル」をやめている
CBF(ブラジルサッカー協会)は「世界基準の再構築」を掲げ、初の外国人監督カルロ・アンチェロッティをセレソン(ブラジル代表)に迎えている。
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ワールドカップ最多優勝のブラジルが「世界基準の再構築」と言い出したことに、そこまできたのかと驚いた。これまで「世界基準」など気にしたことなどなさそうなブラジルが、それを「再構築」したいと言っているのが意外だった。
かつてセレソンは比類のないチームだった。選手の質において、プレースタイルにおいて、独自性を持っていた。世界基準に合わせる必要などなく、ブラジル基準を満たしているかどうかだけが問題だった。実際のところ、ブラジルに欧州コンプレックスがなかったわけではなく、体力や戦術に引け目がなかったとは言えない。それでも自分たちの特徴を活かし、それで結果も出してきた。そして、ブラジルがブラジルらしくあれば世界一になれた。
ドイツ代表が親善試合で対戦した際、ドイツのベルティ・フォクツ監督はこう話している。
「我々にブラジルのようなプレーはできないが、ブラジルに勝つことはできる」
当時、まだ世界最強クラスだったドイツをもってしても「ブラジルのようなプレーはできない」が常識。それほど他と一線を画した存在だった。
ところが、ブラジルはすでにブラジルをやめてしまっている。他国が到底模倣できないチームなどではなくなり、トップクラスの強豪国でもない。その自覚があるから「世界基準の再構築」なのだ。
ブラジルがブラジルでなくなるきっかけは、「ブラジルのようにはプレーできない」と言われていた1990年代にすでに始まっていた。このころブラジル人選手は急激に大型化している。ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、カカー、アドリアーノなどのアタッカーはゆうに180センチを超える長身。欧州に売れる選手を育成するようになっていたのだ。もともとテクニックには定評がある。さらに欧州に適応しやすいフィジカルの強い選手が量産され、若くして欧州リーグに渡っていくようになった。
それから20~30年が経過した現在、代表選手の大半が欧州でプレーしている。それぞれ優秀な選手だが、かつてのブラジルを再現できないほど欧州化してしまった。
セレソン最多勝監督だったマリオ・ザガロは「監督にどうプレーすべきか言われる必要のない選手とともにあることが重要だ」と話している。さらに「プランを廃して」と戦術まで否定していた。言ってしまえば選手まかせ。しかし、これこそがブラジルのブラジルたる所以だった。
セレソンの強みは大きく2つあった。その1つが相手を引きつけて束にして置き去りにするパスワークである。相手を操る術を自然と身に着けている選手がいた。ペレ、トスタン、リベリーノ、ジーコ、ソクラテス、ファルカンなど、多くの名手たちは監督の指示も戦術も必要としていない。どうプレーすべきかを知っている選手であり、監督はそれを知っていれば良いというのがザガロの言い分なのだと思う。
束にして置き去りなので攻め急ぐ必要もなく、スローテンポから急激に加速する攻め込みはブラジル独特で他国には真似のできない水準にあったものだ。
ところがストリートフットボールの衰退と欧州向けフィジカルエリート育成が重なり、ブラジル独自の天才たちの系譜が途絶えてしまう。かつて何人もいた天才はネイマールだけになってしまった。
何度も伝統回帰を試みたが成功せず、CBFはついに諦めたのだろう。欧州化した選手しかいないならチームも欧州化するしかない。北中米W杯でアンチェロッティ監督が率いたセレソンは、唯一残った強みであるウイング(ヴィニシウス)の突破力に依存した守備重視のチームだった。
そのヴィニシウスもどうなるか分からない状態の現在、新たな道を模索中だ。依然として強豪の一角ではあるが、もうかつてのブラジルではなく、新たな世界基準のブラジルも確立されていない。シンガポールで日本代表が勝利してもさして驚くにはあたらない。
(西部謙司 / Kenji Nishibe)

西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。






















