プロ41年のカズも絶賛「絶対はないけれど」 ダービーで証明…J3クラブが下剋上を起こせたワケ

カズはベンチ入りも出番がなかった
J3福島がチームの「形」でJ2仙台を下した。福島ユナイテッドは9月9日、ホームのとうスタでのルヴァンカップ1回戦でベガルタ仙台と対戦。細かくパスをつなぐ攻撃サッカーで、4-3と東北ダービーを制した。練習から作った「形」で東北の盟主に公式戦初対戦で勝利。ベンチで見届けたFWカズ(三浦知良)は「形があるのが福島の強み」と5日のリーグ群馬戦に続く連勝を喜んだ。
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J2で3位と好調な仙台に挑んだJ3で15位の福島。ともにリーグ戦からメンバーを大きく入れ替えての対戦だったが、序盤から攻め込んだのは福島だった。細かなパスを回してボール保持率を高め、仙台陣内へと攻め込む。前半39分にはFWに入った中村翼が仙台DFの背後で縦パスを受けて先制。同42分にはFW藤田仁朗がポスト直撃のシュートを放つなど、格上相手に押し気味に試合を進めた。
後半、リーグ戦5試合4得点の岡田優希、百年構想リーグで5試合連続得点した清水一雅、さらに奥田晃也とFW3人を総入れ替えすると、福島の「形」はさらに加速。4分にオウンゴールで加点すると、1点を返された後の22分には岡田のクロスに清水が飛び込み、3分後には清水のスルーパスを岡田が左隅に決めた。
4点すべて福島らしい小気味よいパス回しから生まれたゴール。清水は「練習通りの形でゴールできた」と話し、寺田周平監督も「やってきたことがピッチで表現できた」と得点を振り返った。福島の「形」で生まれた4得点。カズは「リーグ戦でも点の取り方はずっといい」と今季のゴールを振り返って言った。
「形」を武器に優勝や昇格をしたチーム、「形」が定まらず迷走しながら落ちていったチーム、41年のプロ人生で様々なチームに身を置いて、経験を積んできた。だからこそ「形」があることの大切さを口にする。開幕から3試合連続逆転負けで最下位に沈んでも「サッカーに絶対はないけれど、形がある、立ち返るところがあるチームは大崩れはしない」と浮上の可能性を信じて話していた。
さらに、カズは口にする福島の強みは「再現性の高さ」だ。寺田監督が3年間で積み上げてきた福島のサッカー。「止める、蹴る」を基本に細かくパスを回して中央から崩すスタイルは、練習を通して熟成せれたもの。相手がどこであれ、練習した「形」通りにゴールできる。練習でやってきたことが公式戦のピッチで再現される。
これまでのJクラブにはなかった独特で斬新なスタイルで、百年構想リーグではJ2クラブからも白星をあげ、天皇杯2回戦では横浜F・マリノス相手にサポーターを驚かせた。そして、この日はメンバーは違うとはいえJ2で好調な仙台に勝利。「カテゴリーが上のチームは個の力が違うから、そう簡単に勝てるわけではない。ただ、福島は相手がどこであれ自分たちのサッカーをする。マリノスが相手でも変えようとはならない」とカズ。相手が格上でも主導権を握りにいくのが福島だ。
もっとも、格上相手だからこそ福島の良さがでるのも事実。「J2のチームはスカウティングなどしないし、対策もしてこない。だからうちのサッカーがやりやすい。相手がJ3だと徹底して分析し、対策を練ってくる。これを崩すのは意外と難しい」とカズ。チーム得点源の岡田も「対策してくるチームは簡単ではない」と福島スタイルを貫くことの難しさを口にした。
カズがベンチから見守った福島攻撃陣は、自分たちのスタイルでパスを回してゴールに迫った。普段練習でやっている通りのことがピッチで再現されているから「正直、出たかった」とも口にした。「2-1か3-1の場面、ボールが回っていたから、あの中でプレーすれば(ゴールの)チャンスもあったと思う」と悔しそうに話した。
もっとも、試合に出られないのは足りない部分があるからというのも理解している。試合後は出番のなかったメンバーで補強のために走り、さらに一人でダッシュを繰り返した。「出てない分走るし、足りないと思えばさらに走るだけ」。誰も見ていないスタンド下でのコンディション調整。これも、次の試合に出場するための準備だ。
福島サッカーの「形」を称賛し「見ていても、やっていても楽しいサッカー」と話すカズ。だからこそ「見ている」だけではなく「やっている」側にも参加もしたい。まだリーグ戦は始まったばかり。カズの「還暦シーズン」も序盤だ。チームはどんな対策をも打ち破れるように「形」を熟成させ、カズは「形」への参加を目指して走り続ける。
(荻島弘一/ Hirokazu Ogishima)
荻島弘一
おぎしま・ひろかず/1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者として五輪競技を担当。サッカーは日本リーグ時代からJリーグ発足、日本代表などを取材する。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰。20年に同新聞社を退社。























