2年前まで“バイト生活”→名門移籍の苦労人 監督は懸念も…逆転弾で貫いた「一番は僕だ」

仙台の小林心(中央)【写真:Getty Images】
仙台の小林心(中央)【写真:Getty Images】

前半にスクランブル出場も即結果を残した仙台FW小林心

 脳震盪を起こした味方の無念の退場に伴い、ウォーミングアップなしで前半45分からスクランブル出場。直後のファーストプレーでPKをもぎ取り、身体がほとんど温まっていない状態ながらも勝利につながる逆転ゴールを決める。敵地に乗り込んだ5日の湘南ベルマーレとの上位対決で、同アディショナルタイム5分にベガルタ仙台のFW小林心(こころ)が決めた今シーズン初ゴールに凝縮された熱い思いの数々を追った。(取材・文=藤江直人)

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 身体はほとんど温まっていなかった。無理もない。味方選手の負傷退場に伴い、湘南ベルマーレのホーム、レモンガススタジアム平塚のピッチに前半45分に急きょ投入されたベガルタ仙台の小林心が言う。

「ウォーミングアップはほとんどしていませんでした」

 前半9分に左コーナーキック(CK)から湘南の山田寛人に先制ゴールを決められ、同21分には右CKから仙台の武田英寿が同点弾を一閃した5日のJ2リーグ第5節。アクシデントが起こったのは同35分だった。

 味方のパスに反応し、湘南ゴール前へ飛び込んだ仙台の梅木翼が相手との接触で頭を強打。鼻骨骨折を押して黒いフェイスガードを着用していた27歳のストライカーは、治療後に頭に包帯を巻いてピッチに戻った。

 しかし、44分に今度はセンターサークル内に倒れ込んでしまった。何が起こったのか。梅木が振り返る。

「周りの選手たちも『あまり顔色がよくない』と言っていたので。大事をとってああいう形になりました」

 脳震盪による途中交代。交代出場した小林は、身体はともかく心の準備はできていたと胸を張った。

「前半の残り時間も少なかったので、とにかく相手の最終ラインの裏を突くプレーを意識しよう、と」

 小林の脳裏に描かれた青写真はすぐに具現化される。自陣中央で杉山耀建から岩渕弘人を経由した縦パスを受けた小林は迷わずに縦へのドリブルを選択。味方へのパスコースがあるなかでどんどん加速していく。

 ついにはペナルティーエリア内の右側まで侵入した直後に、小林は慌てて止めにきた湘南の松村晟怜に倒された。すかさず木村博之主審が松村のファウルと、仙台のPK獲得を告げるホイッスルを鳴り響かせた。

 身体はまだ温まっていない。それでも自分が蹴る、とばかりに小林はボールを抱えて離さなかった。

「このチームでPKが一番得意なのは僕だ、という自信があったので、自分が蹴ると決めていました」

 絶対に譲らない、というオーラを放つ小林に、仙台の森山佳郎監督は一抹の不安を抱いていた。

 仙台はPKのキッカーを特に決めていない。一方で試合前日練習の最後にセットプレーを確認し、先発組とリザーブ組の一人ずつがPKを蹴り合う。4日は前者が中島元彦、後者は小林が蹴ってともに決めていた。

 梅木の負傷退場とともに、PKのキッカー候補が同時にピッチに立った。何が指揮官を不安にさせたのか。

「小林も自分で奪ったPKと、彼にとって今シーズンの初ゴールを自分が決めたい、という思いもあったはずですけど、数字的にはPKを獲得した選手ではない選手が蹴るほうが成功率は高いというデータが僕のもとにあったので。ちょっと嫌な気持ちがあり、ここは誰かに譲ってくれれば、と思いつつも小林が蹴りました」

 敵地で藤枝MYFCに0-2で完敗した8月8日の開幕戦。1点ビハインドで迎えた後半5分に中島元彦がPKを獲得したが、中島自らが蹴ったPKはコースを読み切った相手キーパー吉田舜に完璧にキャッチされた。

 大分トリニータをホームのユアテックスタジアム仙台に迎えた同15日の第2節もスコアレスドローに終わった。嫌なジンクスが頭をもたげそうな状況で、中島のひと言が小林の背中を押した。

「思い切って蹴れよ」

 迷わずにゴール左隅へ強烈な弾道を突き刺した小林のPKで逆転した仙台は、後半30分には中島が華麗な直接フリーキックを決めて3-1で快勝した。PKの場面で中島は短い言葉にどのような思いを込めたのか。

「フォワードですし、初ゴールを決めたいでしょうし、自分もシーズンを通しての1点目を決めた後は心のもちようがだいぶ変わった。(小林)心も決めてくれると信じていましたし、(梅木)翼がああいう形で交代した直後にPKを獲得した心のプレーも素晴らしかったし、もっと勢いに乗れると思ってあのように言いました」

 開幕でつまずきかけた仙台に勢いをもたらしたのが梅木だった。第3節のヴァンラーレ八戸戦、第4節のテゲバジャーロ宮崎戦と続けて先制ゴールをマーク。仙台を連勝に導き、湘南戦の先発も射止めた。

 しかし、福岡大学からレノファ山口を経て、183センチの長身を見込まれて2024シーズン途中に加入した仙台ではなかなか結果を残せない。昨シーズンの後半にはブラウブリッツ秋田への期限付き移籍も経験した。

 J2・J3百年構想リーグでも結果を残せなかった梅木が、待望のゴールを決めた4月12日のSC相模原との地域リーグラウンドEAST-Aグループ第10節。真っ先に梅木に抱き着き、祝福したのが小林だった。

 新潟県出身の小林は地元の北越高校から流通経済大学に進むも卒業時に2023年にJクラブから声はかからず、当時は日本フットボールリーグ(JFL)所属だった高知ユナイテッドへ入団。同シーズンはホームセンター、2024シーズンからはレンタカー会社にアルバイト勤務しながら大好きなサッカーを続けた。

 高知がJ3参入を果たした昨シーズン。開幕から11試合で10ゴールを量産した小林は夏の移籍期間で仙台からのオファーを手繰り寄せ、J3得点ランキングにトップに名を連ねたままJ2へステップアップを果たした。

 同じフォワードとして、ゴールだけが生き残っていくための指標だと理解している。百年構想リーグ中には梅木がSNS上で心ない言葉の標的になっている状況も知っていたからこそ、まるで自分のゴールのように喜んだ小林は、秋春制の下で幕を開けた新シーズンでは絶好調の梅木を追いかける立場に変わった。

「翼くんが2試合連続でゴールを決めていましたし、間違いなく僕の刺激にもなっていた。これは自分自身の問題ですけど、何としてでもゴールがほしかったし、今日は絶対に点を取ってやる、という気持ちでした」

 湘南戦の前半はチームメイトであり、ライバルでもある梅木の一挙手一投足をベンチで注視した。

「前半を見ていてもアーリークロスに対して、翼くんがけっこう背後へ抜け出しているプレーを見せていた。相手のバックラインのスピードがない、というのは見ていてすごく感じていたので、前を向くチャンスがあったらまずは縦に仕掛けて、実際に縦へ突破したらいける、というイメージは外から見ていて抱いていました」

 こう振り返った小林がPKをもぎ取った縦へのドリブル突破は、身体を張った愚直なプレーを繰り返した梅木に触発された部分もあった。退場後は病院に行かず、包帯姿で仲間と談笑していた梅木も続いた。

「同じポジションのライバルですけど、それでも(相模原戦で)ああやって喜んでくれたのは僕自身もすごくうれしいし、開幕からゴールを取れていなかった心がゴールを決めたのは僕としてもうれしい。フォワードの選手が得点すれば競争もまた激しくなるし、それがチームにとってすごくいい循環を生み出す。競争がどんどん激しくなれば自分たちのレベルもさらに上がってくるので、僕も負けずに頑張っていきます」

 ひとつのPKをもぎ取り、ゴールと勝利につなげるまでの過程に、第3節以降に一気に右肩上がりに転じた仙台の強さの秘密が凝縮されている。9人を数えるフォワード陣で3人目のスコアラーになった小林が言う。

「負けられない一戦はこの先も続くけど、この上位対決を勝ったのは自分たちの自信にもなる。PKですけどゴールを取れた、というところで、個人的にもいいモチベーションで今後の試合に挑めると思う」

 特にフォワード陣を中心にお互いを認め合い、刺激し合いながら勝利という結果を残す。2021シーズンを最後に遠ざかっているJ1昇格へ。J2・J3百年構想リーグを制した仙台が、理想的なモードに突入しつつある。

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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