主将打診に即答できず「ちょっと迷った」 広島で追った2人の背中…清水で大役を引き受けたワケ

清水でキャプテンマークを巻く住吉ジェラニレショーン
怪我で出遅れていた清水エスパルスのキャプテン、DF住吉ジェラニレショーンが2日のFC東京とのJ1リーグ第5節で初先発を果たした。7月のオーストリア・キャンプ中に吉田孝行監督から新キャプテン就任を打診された住吉は、実はその場で返答できなかった。逡巡した理由や時間を置いて大役を拝命するまでの心境の推移を含めて、対人守備で圧倒的な強さを武器とする28歳が「キャプテン」に対して抱く思いを追った。(取材・文=藤江直人)
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意気に感じながらも、指揮官の打診に対して即答できなかった自分がいた。
昼夜の寒暖差が10度近くに達し、就寝時には部屋のクーラーのスイッチを入れる必要がなかったアルプス山麓のリゾート地、オーストリアのゼーフェルトで7月中旬に行われた清水エスパルスのキャンプ。新シーズンへ向けて本格的なトレーニングが始まった直後に、住吉ジェラニレショーンは吉田孝行監督から呼ばれた。
告げられたのは新キャプテンへの就任。今年前半に開催されたJ1百年構想リーグでは22歳のボランチ宇野禅斗が担いながらも、秋春制へ移行する新シーズンの始動を前にブンデスリーガのボルシアMGへ完全移籍。一時的に空位になっていた大役を、対人守備の強さに自信を抱く28歳のセンターバック(CB)が託された。
「吉田監督から『(キャプテン)やってくれないか』と言われたときに、このJ1リーグを戦う清水エスパルスというクラブでキャプテンを任されるのは、すべての選手ができる経験ではないと思いました」
オーストリアの地で最初に抱いた思いをこう振り返った住吉は、逡巡した理由をこう語っている。
「正直、ちょっと迷った部分もありました。本当はふたつ返事で『はい』と引き受けるのが監督としてもうれしいはずだし、実際に自分の心のなかでも『やったほうがいい』という思いもありました。でも何て言えばいいのかな、それ(キャプテン)にかかるプレッシャーの大きさというのも、もちろんわかっていたので」
日大藤沢高校から国士舘大学を経て2020シーズンに当時J2の水戸ホーリーホックへ加入。サンフレッチェ広島から2024シーズン清水へ加入して3年目になる自身のキャリアを振り返れば、キャプテンを含めた役職に就くのを避けてきた。しかし、10月には29歳になる住吉の心のなかで、こんな思いが頭をもたげてきた。
「サッカー選手の寿命、というものがそれほど長くない。そのなかで自分ももう中堅の選手なので」
昨シーズンまでヴィッセル神戸を率い、史上8度目のJ1リーグ連覇を達成。2024シーズンには天皇杯との二冠で花を添え、今年から清水の指揮を執る吉田監督も、百年構想リーグでフル稼働した住吉の成長ぶりを目の当たりにして、リーダーシップを発揮する過程でさらなる変化が訪れると確信してキャプテン就任を打診した。
そしてオーストリア滞在中に住吉は覚悟を決めた。キャプテンを拝命した理由をこう語っている。
「自分が人間的にも成長できると思いましたし、チームの模範となる行動をさらに多く取って、チームの取り組み方というものも変えていくためにも引き受けました。確かにプレッシャーはものすごく多いけど、そのなかで自分ができることをひとつひとつクリアしていって、自分が描く理想のキャプテンになっていけたら、と」
住吉の記憶には、キャプテンとして追い続けるまぶしい背中がいまも鮮明に刻まれている。
広島に在籍した2021夏以降の2年半。キャプテンを務めた大ベテラン、佐々木翔と塩谷司は「チームをまとめるのは当然で、負けているときにこそ声がけひとつでチームに喝を入れてくれる存在」だったという。
そしてオーストリアから湿度が高く、酷暑も続く日本へ戻った直後の7月25日。敵地ヤマハスタジアムへ乗り込み、45分間を4本戦ったジュビロ磐田との練習試合で、清水は1-5の大敗を喫した。住吉が言う。
「帰国して3日間練習して4日目に試合というなかで、いろいろな数値を見ても、たとえば総走行距離が1kmくらい減っていた。そういう事情があったとしても、あの大敗は清水エスパルスとして絶対に許されない。自分も来て3年目になりますけど、あのような大敗を喫したのは初めてですし、吉田監督も『鼻をへし折られた』と言っていましたけど、このままじゃいけないという危機感に陥った点で、チームとしての意識は高くなったのかな、と」
練習試合はリザーブ組や若手を中心に臨んだ最初の2本を0-4で終え、キャプテンの住吉をはじめとする主軸が送り出された3本目も0-1で落とした。最後の4本目は新加入のジャーメイン良(サンフレッチェ広島)のコーナーキック(CK)に住吉がヘディングシュートを一閃。1-0で制して一矢を報いた。
言葉だけでなくプレーを介しても喝を入れた矢先に、住吉は怪我で戦線離脱を余儀なくされた。チームの方針で詳細は明かされていないが、リーグ戦では開幕から3試合続けてベンチ入りメンバーにも名を連ねなかった。
ホームのIAIスタジアム日本平に柏レイソルを迎えた8月29日の第4節。ようやく初のベンチ入りを果たした住吉は、両チームともに無得点で迎えた後半20分からCB本多勇喜に代わってピッチに立った。
しかし、6分後に先制点をあげて勝利したのは柏だった。瀬川祐輔がニアへ飛び込み、右からのクロスに右足をヒットさせた先制点の場面で競り合い、シュートに右足を当てながらも防げなかったのは住吉だった。
「いろいろな方々のサポートがあって復帰できました。ただ、自分が入ってからああいう失点をしてしまったのは個人的にも悔しいですし、チームとしても悔しい失点でした。いままでも惜しい試合を落としてしまっているし、チームとして何かを変えなければいけない、というのは百年構想リーグから同じだと思っています」
自分自身へ、そしてチームへこのようにベクトルを向けた住吉は、再びホームにFC東京を迎えた2日の第5節で先発に復帰。試合は後半開始5分に先制されたものの、直後の8分に木下康介が決め返してそのままドロー。第2節以降で3連敗を、しかもすべて0-1のスコアで喫していた悪い流れを何とか食い止めた。
木下(広島)をはじめ須貝英大(京都サンガF.C.)や藤井智也(湘南ベルマーレ)、小泉慶(FC東京)、ジャーメインと清水はこの夏に積極的な補強を行っている。百年構想リーグ前にも本多(神戸)や井上健太(横浜F・マリノス)らを獲得し、吉田監督以下のコーチングスタッフもほぼ総入れ替えとなって現在に至っている。
「監督やコーチ陣の総入れ替えはなかなか見られないし、選手だけが優勝したいと言ってもなかなか難しい部分があるなかで、クラブや強化部、スポンサーの方々がより強く抱く優勝への思いが一連の補強に見られる。チームが変化する時期だと思っているからこそ、自分たちもやらなきゃいけないし、結果で応えるしかない」
戦線離脱中もチームへの声がけを怠らなかった住吉は最終ラインで遅ればせながらも、かつて憧れた佐々木や塩谷のように苦境になるほどに仲間を鼓舞するメッセージを発信。今年になって「66番」から変更した、横浜市内でお好み焼き店を営み、広島東洋カープファンの母親が大好きな「51番」を自分の色に染めていく。
(藤江直人 / Naoto Fujie)

藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。






















