W杯で起きたFIFA騒動と欧州の猛反発「姿勢は理解できる」 日本人指導者が訴える「全体否定は違う」

FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長【写真:ロイター】
FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長【写真:ロイター】

ザンクトペルテンに在籍するモラス雅輝氏

 北中米ワールドカップ(W杯)期間中、そして終了後にピッチ外でも大きな話題となったのが、FIFAとUEFAの対立だった。

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 大会運営を巡る混乱やジャンニ・インファンティーノFIFA会長の振る舞いに対し、UEFAを中心に欧州サッカー界が強く反発。一時は「このままでは次回大会にも影響しかねない」とまで言われるほど、両者の関係は緊張感を増した。

 もちろん当事者ではない以上、すべての真相を知ることはできない。それでも、これほど多くの協会やクラブが声を上げたという事実は、決して軽く受け止めるべきではないだろう。

 浦和レッズとヴィッセル神戸でアシスタントコーチを務め、オーストリアを中心に20年以上の指導者歴を持ち、現在オーストリア2部ザンクトペルテンでテクニカルダイレクター、育成ダイレクター、U18監督と様々なタスクを兼任し、世界の様々なサッカーに精通するモラス雅輝も、「今回に関してはUEFAの姿勢は理解できる」と話す。

「オーストリアサッカー協会もすぐに声明を出して、UEFAのスタンスを支持すると発表しました。ヨーロッパがあれだけ一致団結したのは珍しかったですね。チェコやハンガリーはインファンティーノ側につくかもしれないという噂もありましたけど、結果として強いメッセージを発信できた。僕はむしろAFCがあそこまで動いたことの方が意外でした。UEFAが反対するのはある程度予想していましたけど、アジアがあそこまで強く意思表示するとは思っていませんでした。北中米も動きが早かったですよね。今回のやり方については、正直、インファンティーノにも問題はあったと思います」

 もっとも、この問題は「善と悪」で単純に整理できる話ではないという。モラスが気になったのは、欧州の小国協会の存在だった。ドイツやイングランドのような大国と、小さな国の協会では事情がまるで違うはず。

「メディアで報じられている金額が本当かどうかは分かりません。でも例えばエストニアやマルタのような比較的小さな国のサッカー協会にとっては本当に大きいはず。だからUEFAがそうした協会とどう交渉し、どうやって同じ方向を向かせたのか。そこはすごく興味があります」

 経済的な背景も含めて考えなければ、この問題の全体像は見えてこないという。さらにモラスは、UEFA側にも矛盾があることを指摘する。

「今回の件に関しては、僕も基本的にはUEFAと同じ考えです。ただ、少し前までブンデスリーガも放映権などの権益を外部に売ろうとしていましたよね。ファンやサポーターの反対で止まりましたけど、『サッカーはみんなのものだ』と言う一方で、自分たちも商業化を進めようとしていたわけです」

 UEFAスーパーリーグ構想がファンの猛反発を受けて頓挫したのもそんな昔の話ではない。イングランドのプレミアリーグではクラブに外国人オーナーがいるのは珍しくないし、ベルギーリーグには多くの海外資本が入り、オーストリアでも、日本企業がクラブ経営に関わるケースが出てきている。

「こうした商業化の流れはこれからも止まらないと思います。この流れ自体は世界中で起きていることです」

 だからこそ、今回の問題を「FIFAだけがおかしい」という単純な話で終わらせるべきではないだろう。

 競技性とビジネス、ファンの願いとスポンサーの意向、純粋なスポーツとしてのサッカーとエンタテインメント要素を持ったイベントとしてのサッカー……サッカー界全体がそうした様々な要素の中でバランスをどう取るか、越えてはいけない線をどこに設定していくのか、という大きなテーマに直面している。

 今回の騒動によって、FIFAに対するネガティブなイメージばかりが広がってしまったかもしれない。ただ、FIFAが日々行っている活動のすべてが、そうした政治的な話ではない。

 例えばパラグアイでは、プロクラブの育成アカデミーと学校が一体になった施設づくりにFIFAからの補助金とノウハウが使われている。同国では子どもたち、若者みんなが学校で教育を受ける仕組みが整っているわけではない。そんな中、少なくともプロクラブのアカデミーに所属する選手全員は、学校で教育もしっかりと受けられる仕組みと環境を整えたという価値はとても大きい。これをきっかけに、学校施設の整備も進んでいく。

 こういう活動ももっと知られていいのではないだろうか? モラスも強く共感した。

「本当にそうなんですよね。FIFAがやっている素晴らしい活動はたくさんあります。でもそういうニュースはほとんど知られていません。僕が見たドイツのドキュメンタリーでは、FIFAの支援を受けながらオセアニアの島国でサッカー普及に取り組む指導者の姿が紹介されていました。女子サッカーへの投資もそうですし、グラスルーツへの支援もそうです。そういう活動は間違いなくたくさんされているんです。FIFAには十分な予算がありますし、こうした草の根活動のPRにも、もっと力を入れられるはずです」

 そしてモラス氏は、今回の騒動を考える上で最も大切な視点を示した。

「今のヨーロッパでは、FIFAがやることは全部反対、という空気があります。でもインファンティーノ個人の政治的な判断と、FIFAという組織全体が毎日続けている活動は、分けて考えないといけないと思います」

 グラスルーツで子どもたちにサッカーを届ける人たち。女子サッカーの普及に取り組むスタッフ。発展途上国で環境整備を進める担当者。そうした現場で働く人たちは、日々サッカーや暮らしをより良くするために活動を続けている。それは日本サッカーにおいても同様だ。

 日本サッカー協会にも、都道府県サッカー協会や地区町村サッカー協会の中にも、とても真剣に丁寧にもっといいサッカー環境を、もっと自由にサッカーができる関係性を築くために、日々働いている人たちが数多くいる。いろいろなところへ足を運び、普及活動を笑顔で行っている人たちも、これまた数多くいるのだ。

「以前、スイスの関係者が『上の人たちが政治的にやっていることと、現場で働いている人たちは全然違う』という話をしていました。本当にその通りだと思います。だからこそ、政治の問題はしっかり批判しながらも、FIFA全体の活動まで否定するのは違う。そこは冷静に見ていかなければいけません」

 FIFAを批判することは必要だ。透明性を求めることも重要だろう。

 しかし、その批判が組織全体への否定になってしまえば、世界中の子どもたちや女子サッカー、発展途上地域の普及活動を支える人々の努力まで見えなくなってしまう。

 W杯で起きた対立は、サッカー界の政治を映し出した出来事だった。だからこそ私たちは、トップで起きている権力闘争と、現場で積み重ねられている価値ある活動を切り分けながら、この問題を見つめる必要があるのではないだろうか。

(敬称略)

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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