突然の退学にSNSには勝手な憶測「悔しかった」 1年半のブランクも…“落ちこぼれ”がJ内定を得るまで

AIE国際高校3年生の西村朋倭はJ2栃木シティに内定済み
得点王として中体連日本一を牽引した西村朋倭(とわ)は、中高一貫の神村学園高等部へと進むが、その1年後には自主退学を選択することになった。地元の通信制高校に転入すると、サッカーには一切関わらず毎日遊んで暮らしていたという。
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「世の中には、サッカーをしなくてもこんなに楽しいことがあるんだと思いました。先輩のバイクの後ろに乗せてもらって疾走感を満喫し、山や海に出かけていく。でも法律に触れることや、悪い印象を残すことは絶対にやらないという自覚は持ち続けました。あの頃は、高卒の資格だけはなんとか取ろうとしか考えていなかったと思います」
有望株の突然の退学に、SNSではリテラシー不在の不祥事を匂わせる勝手な憶測が飛び交った。
しかしそんな西村に、ある日突然救いの手が差し伸べられた。小学生時代に所属した「さつきジョレンティアFC」の監督が、同クラブのOBでAIE国際高校サッカー部に在籍中の父兄から話を聞き、仲介を買って出てくれた。
サッカーに復帰する道が開けるかもしれない。そう思った瞬間に、西村は自身の深層心理に気づかされた。
「退学することになったのは、本当はメチャクチャ悔しかった。だからサッカーをしなくても楽しいや、と紛らわせていたんだと思います。でも実際は、自分からサッカーを取ったら何も残らない。今思えば、遊んでいても何かが違うなと感じていたんですよね」
淡路島を訪れ、AIE国際サッカー部の環境を見た瞬間に、西村は転入を即断した。2002年日韓ワールドカップではイングランド代表が合宿をした施設で、天然芝の他に雨天に利用できる室内の人工芝のピッチもあり、フィットネス等の設備も充実していた。躊躇は1ミリもなかった。
「ここならサッカーに集中できる。絶対にプロになれる。そう思いました。僕もプロも含めて全国のいろんな施設を見てきましたが、これほど素晴らしい環境はなかった。新しい夢が広がっていく感じがしました」
さすがに1年半のブランクを取り戻すのは容易ではなかった。目に見えて体力や筋力が低下し、5月上旬にインターハイ予選を迎えた頃は「20〜30%程度の出来」だったという。
「なんとか少しずつ戻してきて、兵庫県大会決勝の時には50〜60%程度までは行けたかな、と思います」
結局AIE国際は、決勝で滝川二に0-1で惜敗した。反面決勝まで進みながら、15人が選出された優秀選手の中に西村の名前はなかった。それでも栃木シティは、復活途上でも西村のプレーに将来性を感じ、プロ内定に踏み切る。早速西村は、通信制高校の利点を活かし、プロの環境に身を移した。
「最初はプロのトレーニングについていくだけでも必死でした。今まで経験してきたレベルとは、強度もスピードも段違いでした。でもこのトレーニングについていくうちに、急ピッチで調子が戻ってきたんです」
新シーズンの開幕前にはJ1の東京ヴェルディとも練習試合を行い2-2で分けたが、そのうちの1ゴールは西村が挙げた。
6月には栃木シティの親会社「日本理化グループ」が、オーストリア2部のシュバルツ・バイス・ブレーゲンツを買収。栃木シティの大栗崇司代表が、ブレーゲンツの会長兼スポーツ・ダイレクターを務めることになり、既に両クラブの戦略的な交流が進んでいる。
一方で、栃木シティは、AIE国際とも友好協力協定を締結。AIE国際が育てた有望な選手の受け皿になるとともに、欧州での飛躍を支援していく構想が膨らみつつある。
現在栃木シティで活動中の西村は、秋口には再びAIE国際のチームに合流し、選手権出場を目指す。同校総監督の上船利徳は、そのままプロへの転身を勧めたが、西村自身が強く希望した。
「僕を受け入れてくれたチームメイトへの恩返しとして、絶対に選手権には連れて行きたい。それからJリーグで活躍して、ブレーゲンツ、さらに欧州のクラブへ進出して、次のワールドカップには選ばれるように毎日を無駄にせず頑張っていこうと思います」
北中米ワールドカップでは、アーリング・ハーランドのひとりで試合を決め切ってしまう圧倒的な存在感と、塩貝健人のギラギラ感に刺激を受けた。
「僕は普通サッカーに打ち込んでいる人ならありえない底辺の生活を経験した。だからこそサッカーがなくなったらどうなるかを実感し、改めてサッカーの大切さがわかったんです」
稀有な挫折経験は、今後貴重な起爆剤として武器に変わっていくのかもしれない。
(加部 究 / Kiwamu Kabe)

加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。























