4年で通用しなくなったW杯の「勝利の方程式」 真逆になった世界のトレンド…勝負を分けた「3.8秒」

北中米W杯はスペインの優勝で幕を閉じた【写真:ロイター】
北中米W杯はスペインの優勝で幕を閉じた【写真:ロイター】

連載「北中米ワールドカップData Lab.」第9回、数値で見る2022年大会からの変化

 FIFA北中米ワールドカップ(W杯)の激闘の裏側で、何が起きていたのか――。史上初の3か国共催、出場48チームが全104試合を戦った世界最高峰の舞台を、FIFAが試合後に公開するデータを最新AIで読み込みながら、アナリストが分析してきた連載「北中米ワールドカップData Lab.」。最終回は今大会の傾向を数値から探るために、決勝トーナメント32試合について、FIFA公式データ「Post Match Summary Report」を集計して分析。スペインの優勝という形で幕を閉じた北中米W杯における、世界的な“フットボールへの回帰”の流れが見えてきた。(文=森本美行)

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 4年前の2022年カタールW杯を振り返る時、多くの人が思い出すのはモロッコの快進撃であり、アルゼンチンとフランスの決勝での死闘だろう。カタール大会には“勝利の方程式”があった。守って、奪って、速く攻める。あれから4年。その方程式を覆す戦い方を採用したチームが、世界のサッカーの頂点に立った。

 今回は2つのテーマでデータを分析した。一つは『決勝トーナメントで勝ち進んだのはどういうチームだったのか』。もう一つは『2022年と2026年で何が変わったのか』。FIFA公式データで、これまで相関関係の高かったデータを突き合わせて確かめていく。

 まず、決勝トーナメント32試合について、指標ごとに『勝者-敗者』の差を取り、そのばらつきで割った効果量で順位づけした。最上位は当然ながら得失点差(+1.55)だが、それを除くとxG差(創出xG-被xG)の+1.05だった。以下、枠内シュート数(+0.89)、ライン間で受ける動き(+0.58)、ボールリカバリータイム(-0.56)、シュート数(+0.54)、ポゼッション率(+0.51)、裏への抜け出し(+0.35)までが統計的に有意な範囲だった。

 そして、意外だったのが走行距離のデータだ。総走行距離は+0.08、スプリント距離は+0.17。いずれも有意差なしという結果だった。総走行距離で上回った勝者は56%、同じくスプリントは50%。相手より走ったチームの勝率は、コイントスの裏表程度の確率だった。

 ここで上位に並んだ指標を見てみよう。xG差、枠内シュート、ライン間で受ける動き、そしてボールリカバリータイム。これらはすべて『どこでボールを受け、どこで撃ち、どれだけ速く奪い返すか』という“位置と時間の質を測る指標”だと言える。今大会が要求したのは、走る総量ではなく、“いつ”、“どこに”、“何のために”走ったかという質だった。

[図表1]ポゼッション率別に6つのグループに分けチーム数と勝率を算出。出典:FIFA WORLD CUP 「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成
[図表1]ポゼッション率別に6つのグループに分けチーム数と勝率を算出。出典:FIFA WORLD CUP 「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成

 決勝トーナメント32試合、64チームを、その試合のポゼッション率で6つの帯に分け、帯ごとの勝率を出した。結果は驚くほど素直な単調増加となっている(図表1)。

 ラウンドが進めば進むほど、ポゼッションの勝敗への寄与率は加速していた。ベスト8以降では、ポゼッションで上回った側が8試合中6試合(75%)を制している。これは出場チーム数の増加とともに試合数も増加し、北中米の広大なエリアを移動する疲労の蓄積を軽減するために、自分たちの時間を多く作ることの重要性が増したことも考慮すべきだろう。

 もちろん例外もあった。ドイツはベスト32でパラグアイ相手に65.5%のポゼッション率を記録しながら、1-1でPK戦の末に敗れた。これはグループステージにおいて平均30%のポゼッション率で勝ち進んだパラグアイの明確なスタイルが関係している。メキシコもベスト16でイングランド相手に59.4%のポゼッション率を記録しながら2-3で敗れたが、後半9分に退場者を出したイングランドの守備的戦術へのシフトが要因だ。

[図表2]ポゼッション帯ごとの勝率、2022 vs 2026(全試合)。2022は左が高く右が低い『持たない側が勝つ』形。2026は完全に逆向きになっている。出典:FIFA WORLD CUP 「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成
[図表2]ポゼッション帯ごとの勝率、2022 vs 2026(全試合)。2022は左が高く右が低い『持たない側が勝つ』形。2026は完全に逆向きになっている。出典:FIFA WORLD CUP 「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成

2026年大会のベスト16以降は、7試合でポゼッション優位側の6勝1敗

 続けて、2022年大会(63試合)と2026年大会(104試合)のポゼッションと勝敗を、同じ指標・同じ手法で比べた。フォーマットが違うため、グループステージ同士と『ベスト16以降』同士(2022年=15試合/2026年=16試合)で揃えている。2022年大会のベスト16以降、勝率が高かったのはポゼッション率で下回ったチームだった。全試合をポゼッション帯で切ると、この差はさらに鮮明になる。2022年はポゼッション40%未満の試合で勝率59%、逆にポゼッション60%以上で勝率40%。2026年は同じ帯がそれぞれ17%と75%である(図表2参照)。

 決定的なのは、一方的な試合の行方だ。ポゼッション差が20ポイント以上開いた試合で、支配した側は2022年大会のノックアウトステージ4試合が0勝4敗。スペインは68.4%対22.1%で敗れ、ポルトガルも66.0%対22.9%で敗れた。敗れた相手はいずれもモロッコだった(スペインはPK負け)。

 対する2026年大会のベスト16以降は、7試合でポゼッション優位側の6勝1敗だった。唯一の例外は、59.4%を握りながらイングランドに2-3で敗れたメキシコだけだったが、その要因は前述の通りだ。

 ポゼッション以外にも符号が反転した指標がある。ボールリカバリータイムだ。ベスト16以降で見ると、2022年大会では、勝った側のほうがボールを奪い返すまでの時間が長かったが、2026年大会は勝った側のほうが約3.8秒速く奪い返している。

 興味深いのは、2026年大会のほうがローブロックの時間が長かった(24.5%)ことだ。『握れないと厳しい』大会だったのに、引いて守る時間が増えていた。これは決して矛盾ではない。つまり持てるチームはより長く持ち、持てないチームはより深く引かされた。日本対ブラジル、あるいはイングランド対アルゼンチンの試合を思い出していただければイメージがつきやすいはずだ。

 しかし2022年大会と違い、深く引いた側は報われなかった。プログレッション(前進局面)が12.5%から16.9%へ増えていることも、『押し込む側の時間』が伸びたことと整合する。一方、引いてカウンターという2022年大会の方程式が当てはまるかというと、カウンターの局面そのものは1.9%→1.4%と、もともと小さい数字がさらに縮む結果となった。

[図表3]決勝トーナメントでの平均ポゼッション(横軸)と平均xG差(縦軸)。色が濃いほど勝利数が多い。スペインが右上に単独で抜けている。出典:FIFA WORLD CUP「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成
[図表3]決勝トーナメントでの平均ポゼッション(横軸)と平均xG差(縦軸)。色が濃いほど勝利数が多い。スペインが右上に単独で抜けている。出典:FIFA WORLD CUP「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成

ボールを手放したチームの勝率は4年で急落

 決勝トーナメントでの勝利数上位を、平均ポゼッションと平均xG差で比較してみると、スペインは平均ポゼッション55.5%、平均xG差+1.77とどちらも突出している(図表3参照)。準決勝でフランスをxG 2.21対0.48で圧倒し、決勝ではアルゼンチンを2.52対0.07で封じた。決勝でのアルゼンチンのシュートはわずか2本、xGは0.07である。

 スペイン2.52対アルゼンチン0.07という決勝のxGは、この大会の結論そのものだと考える。アルゼンチンは4年前、44.7%のポゼッションで世界一になったチームだ。そのアルゼンチンが今回は52.0%まで保持率を上げて決勝まで到達し、それでもなお、より高いポゼッション能力を持つスペインの前に、決定機をほぼ作れずに敗れた。

 様々な指標を並べてきて、最も分かりやすかったのは、勝ち残る条件が『xG差』に集約されたという、ある意味で当たり前の事実だった。得点機会を多く作る、あるいは数が少なくとも決定的な得点機会を創出する、そしてその逆を実行する。それが最も勝敗に大きく影響した。しかし、その周辺で起きていた変化について見ておくことも、この大会を語るうえでは重要だ。

 2022年大会で、ボールを手放すことは弱者の戦い方ではなく明確な戦術だった。深く構え、奪い、速く攻める。モロッコは平均ポゼッション33.5%でベスト4に入り、フランスは同39.9%で決勝に立った。2026年大会、同じことをしたチームの勝率は20%を切ることとなった。スペインは55.5%のポゼッションで優勝し、アルゼンチンも52.0%まで上げて決勝の舞台に立った。

 総走行距離もスプリントの距離も勝敗を分けなかった。分けたのは、ボールをどこで受け、どれだけ速く奪い返したか。勝ったチームは、ボールを失ってから奪い返すまでの時間が、平均して相手より約3.8秒短かった。32試合中9試合でしか、ボールを奪い返すのが『遅い』側は勝っていない。そのうえで、どれだけ危険な位置からシュートを打ったか(xG差)が重要だった。

 世界大会での考察として、最後はサッカーではなくフットボールと呼ぼう。今大会が教えてくれたのは、フットボールというスポーツの競技性を理解することの大事さだ。

 それは相手より多くの得点を奪い、失点を少なくするかという勝つために当たり前の原理原則を実行することであり、そのためにボールを保持して前進し、得点の可能性の高い位置と状況でシュートを打つことだ。ボールを奪われたら素早く奪い返す一瞬の判断力、強度、そしてスピードも必要となる。さらに、奪い返すことができれば、次に何をすれば最も効果的かを判断する能力とスピードが求められる。走力やコンディショニングは、そうしたフットボールをより高いレベルで行うためにとても大事なことだが、それだけでは勝者になれないのが現代のフットボールだ。

 ポゼッションを高めて相手を上回り続けたスペインの優勝は、より激しく、よりスピーディーになる流れの中で、“フットボールへの回帰”が実現したことを示したのではないだろうか。

(森本美行/Miyuki Morimoto)



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森本美行

森本美行
もりもと・みゆき/1961年生まれ。92年米ボストン大学経営大学院でMBAを取得。2002年にスポーツデータ配信や分析を行うデータスタジアム株式会社の代表取締役に就任。16年には日本初の野球独立リーグ四国アイランドリーグplusを運営する株式会社IBLJの代表取締役及び一般社団法人日本独立リーグ野球機構の常務理事を務めた。またJリーグのヴィッセル神戸や東京ヴェルディ1969、京都サンガF.C.などでトップチームのアナリストを歴任。鈴鹿ポイントゲッターズや慶応義塾大学体育会ソッカー部などでは、コーチとして選手を指導した。現在は横浜FCでデータ戦略アドバイザー、ヴィアティン三重のデータアナリストを務めている。

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