高2の鎌田大地を変えた「背負っていけよ」 自ら丸刈り…信頼に応えて成し遂げた“偉業”

東山高時代の鎌田大地【写真:安藤隆人】
東山高時代の鎌田大地【写真:安藤隆人】

京都・東山高の福重良一監督「これは教えられるものと違う」

 現地時間6月14日にアメリカ・ダラスで行われた北中米ワールドカップ(W杯)オランダ代表戦で同点ゴールを決めた日本代表MF鎌田大地。魔法のようなスルーパスで異彩を放つ司令塔の「大きなターニングポイント」となったのが、ガンバ大阪ユース昇格を逃す挫折を経て進んだ京都・東山高校での3年間だ。今回、当時の恩師である福重良一監督にインタビューを実施。出会った当初の衝撃や「異質な才能」への人間的アプローチなど、稀代のプレーメーカーがいかにして形作られていったのかを聞いた。(取材・文=安藤隆人/全4回の2回目)

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 高校に進学した鎌田大地は、『見えている世界』が違った。練習から首を振って周りの状況を観察し、精度の高いパスを繰り出した。鎌田のプレーは、福重監督に元日本代表MF中田英寿を彷彿とさせた。

「もう『これは教えられるものと違う』と思いましたね。パスが通らないこともあったけど、大地しかそのスペースやその場所を見えていたからゆえのことでした」

高校入学時点で別格の存在だったが、課題の攻守の切り替えやハードワーク、守備の部分を強く求め続けた。鎌田が高校1年の時の3年に松本山雅FCなどでプレーしたFW岡佳樹(現・神奈川県1部品川CC横浜)、アルビレックス新潟などでプレーした森俊介氏(2023年に現役引退)ら実力者が在籍していたため、先輩たちに引っ張られるように成長を重ねた。

「試合に出さないと『なんで俺を出さないの』というオーラを出してくるんです。それ自体は悪くはないと思っているので、全体の話の中で『ハードワーク、切り替えをしっかりする選手を使う』『フォア・ザ・チームのプレーを技術のある選手がやったら凄い選手になる』など、本人に直接言うというより、『大地、お前のことやぞ』と全体を通してメッセージを伝えていました」と指揮官は振り返った。

 彼が中学時代まで所属したJアカデミーとは違い、高校サッカーは120人近い部員がおり、試合に出るために競争に勝つ必要があるだけではなく、出場する際はチームの代表としてピッチに立つ大きな責任がある。福重はそれを鎌田に理解してほしかった。

「先輩、同期、後輩に心から応援してもらえる選手になってほしかった。大地はそういう選手になれると思ったんです。態度に出てしまう時はあるけど、人の話はきちんと聞くことができる人間でした。ちゃんと聞いているからこそ、自分で考えてプレーできる。直接言わなかったのは、変に押さえ付けてしまうと彼の魅力である創造性やプレーのクオリティーも狭めてしまうと思ったからです。持っている能力は存分に出してもらいながらも、チームのことも意識してもらう。そこは一番大事にしました」

 1年目の高校選手権予選において、府内最大のライバルである京都橘との一戦。鎌田は2-3の状況で途中投入されると、試合終了間際に同点ゴールの絶好のチャンスが巡ってきた。しかし、その決定的なシーンで外してしまう。結果、チームは2-3で敗れて選手権出場は果たせなかった。

 試合後、言葉には出さなかったが、悔しさと申し訳なさを表情に浮かべていた。すると3年生の先輩たちが鎌田にこう声をかけた。

「これからお前がチームを背負っていけよ。これからもっと存分にやってほしい」

 これ以降、鎌田の取り組む姿勢に変化が表れた。その姿に福重も「誰かのためにサッカーをすることの大切さを学んだと思う」と目を細めた。

 実際にその冬、自ら頭を丸刈りにして姿を現した。翌年、福重は彼にチームのエースナンバーである14を託し、絶対的な中心として厚い信頼を寄せた。それに応えるように鎌田はプリンスリーグ関西において18試合で22ゴール・18アシストという圧倒的な成績を残す。個人ではリーグ得点王を獲得するとともに、チームはプレーオフを勝ち上がって、プレミアリーグ初昇格という偉業を成し遂げた。

 この年、鎌田は清水エスパルスの練習に参加している。当時、清水を率いていたのはアフシン・ゴトビ監督で、鎌田の才能に惚れ込んでいたという。

「練習参加で帯同していたのですが、参加が終わって大地は新幹線で帰って、僕は車で京都に帰ろうとしたら、通訳の方がいらっしゃって『話がしたい』と言われて、クラブハウスに行ったんです。そうしたら『彼をどこで見つけたんだ。素晴らしい選手だ』と言ってくれたんです。『彼はまだ高2です』と伝えたら驚いていましたね」

 インターハイ、選手権で全国に行くことはできなかったが、鎌田は知る人ぞ知る存在となった。だが、ここで福重は一度鎌田に喝を入れた――。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。

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