シャワー中に先輩から一言「えぐいパス来たわ」 垣間見えた素顔…川崎21歳の「返答」

川崎フロンターレの松長根悠仁【写真:増田美咲】
川崎フロンターレの松長根悠仁【写真:増田美咲】

川崎の松長根悠仁「止めてくれて、ありがとうございます、って返しました」

 明治安田J1百年構想リーグEAST第11節の横浜F・マリノス戦。2-1の劇的な勝利に沸いた喧騒のなかで、川崎フロンターレのDF松長根悠仁は、試合後のミックスゾーンで安堵の表情を見せてこう述べた。

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「スコアを決めた選手たちに感謝しています」

 ただ言葉とは裏腹に、表情がどこか冴えない。アディショナルタイムに訪れた歓喜の余韻も感じられず、何か納得していない様子だった。

 胸の内には、前半終了間際のワンプレーがあった。

 1-0のままハーフタイムを迎えるはずだったアディショナルタイム。相手が抜け出したシュートをGKスベンド・ブローダーセンが弾いた後、副審はオフサイドフラッグを上げている。ただクリアボールを拾った川崎の攻撃に移行したため、主審は笛を吹かずに、そのままプレーを続行させる判断を下していた。

 ところが、自陣でのパスミスから危険なカウンターを与えてしまう。このピンチは松長根が防いだものの、その際に自分の蹴り出したクリアが中途半端な軌道を描いたことで、味方がコントロールし切れなかった。再びボールロストを招き、サイドを崩されてゴールネットを揺らされる。川崎に痛恨の失点が刻まれたのである。

「前半は(失点)ゼロで終わりたかったんですけど、失点してしまったのは……はい。自分のところでちゃんとクリアしてればっていうのもあったので」

 失点の瞬間、松長根は激しく感情を露わにするアクションをしている。オフサイドを流されたジャッジに対する不満もあっただろうが、それ以上に、不甲斐ない自分への怒りも含んでいたようだった。矢印はいつだって、自分に向いている熱血漢なのだ。

 松長根は現在21歳。川崎アカデミー出身で、川崎U-18では高井幸大、大関友翔と同期組になる。U-18時代は高井とコンビを組んで守備陣を支えた。プロではSBに転向し、ルーキーイヤーの2023年第3節・湘南ベルマーレ戦でJ1出場を飾っている。これは高井や大関よりも早いJリーグデビューである。2年目からは大関とともに福島ユナイテッドで経験を積み、2年間の育成型期限付き移籍を終えて今季から川崎に復帰した。

 プロ4年目の今季は開幕戦からCBの一角を担っている。開幕前に佐々木旭やフィリップ・ウレモヴィッチら負傷者が続出した影響もあり、SBではなくCBでチャンスが巡ってきたのだ。ゴール前のシュートブロックに抜群の冴えを見せ、安定したパフォーマンスで出場機会を掴んでいた。そんななか、屈辱的な出来事が国立競技場で起きた。

 3月22日に開催された第8節・横浜FM戦で、0-5というショッキングな大敗を喫してしまったのである。神奈川ダービーではあってはならないスコアだった。もちろん、松長根だけの責任ではない。だがあの大敗は、守備陣の中心にいた松長根の心を深く、暗く沈ませた。

「あまりないぐらい落ち込みました。練習が始まっても、まだ心に残っているぐらい堪えていました」

 それでも試合はやってくる。自分と深く向き合う日々を過ごしながら前を向く若きDFの背中を押したのは、百戦錬磨の先輩たちだ。特に家長昭博と伊藤達哉からの言葉はより響くものになったという。言葉の詳細は明かしてくれなかったが、この試合以降のピッチで見せ続けている姿勢が、受け取った言葉の重みを雄弁に表現していたようにも思えた。

 例えば、第10節の鹿島アントラーズ戦で見せた一本の強気のパス。

 ボールを持った松長根の右足から繰り出されたパスは、敵陣の隙間を射抜く、シュートさながらの低い弾丸だった。並の選手なら、トラップができないほどの強烈なパスに見えた。ただ14番を背負う名手・脇坂泰斗は、威力を吸収しながら足元にコントロールしてみせた。出し手と受け手が成立させた妙技に、スタンドからは驚きに近い静かなどよめきが起こったほどのシーンだった。

「えぐいパス来たわ」

 その後、シャワーを浴びていた際に、キャプテンでもある脇坂から笑顔で声をかけられたという。「なんて返したんですか?」と、あえてその「返答」を問うてみると、照れくさそうに、松長根は明かす。

「止めてくれて、ありがとうございます、って返しました」

 ピッチでは熱血漢だが、普段は生真面目な素顔がそこにはある。受け手の技術を信じ、強気に自分を出し切る勇気。それに応えて、受け止めた生え抜きの先輩。ほんの1本のパスの関係に、いろんな姿勢とメッセージが読み取れたように思えた。

 そして0-5から1か月後に迎えた横浜FMとの再戦。

「自分のなかでは絶対にやり返したいと思ってます」

 戦前にそう話していた松長根の闘志は、並大抵のものではなかったに違いない。試合は2-1での劇的な勝利を飾った。選手として満たされるものがあったはずだが、ミックスゾーンでの表情は冴えず、まるで納得していなかった。やはり失点に悔しさに目を向けていた。そこで行われたのが、冒頭のやりとりだったのだ。

 試合についてひとしきり振り返ってもらった最後、「リベンジできた気持ちは?」と問うと、表情を一切変えることなく、松長根はこう言い切った。

「僕自身はないです」

 劇的な勝利の熱狂の裏で、さらなる成長のために自分自身にも言い聞かせているようにも聞こえた。失点を許した自分を許せない松長根悠仁の、自分を研ぎ澄ます日々はこれからも続いていく。

(いしかわごう / Go Ishikawa)



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いしかわごう

いしかわ・ごう/北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。

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