日本人主審に世界中から批判「難しい状況」 FIFAから連絡…審判生命が「終わってしまう」

西村雄一氏「FIFAは私のキャリアを必死に守ろうとしてくれたんです」
2014年6月12日、世界の視線がワールドカップ開幕戦に注がれた。開催国ブラジルとクロアチアが激突する試合で、主審の西村雄一はかつてない重圧のなかにいた。1-1で迎えた後半24分、ペナルティエリア内でブラジルのフレッジがクロアチアのデヤン・ロヴレンに倒される。西村は躊躇なく笛を吹き、ペナルティスポットを指した。(取材・文=森 雅史)
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この判定が、その後の西村のレフェリーライフを大きく揺さぶることになる。「PKは厳しすぎるのではないか」という批判の嵐が世界中で吹き荒れ、SNSを通じた個人攻撃は苛烈を極めた。
「あの場面、左手が引っかかっているという事実を確認しながらも笛を吹かない選択をすれば、それはそれでPKを見逃したという騒動になったでしょう。どちらを選んでもレフェリーに注目が集まってしまう、とても難しい状況だったと認識しています。ただ、私自身はあのシーンがあったからこそ、良くも悪くも『西村雄一』というレフェリーを世界中に覚えてもらった。これも一つのご縁だと思っています」
批判に晒される西村に対し、FIFAは意外な対応を見せた。
「FIFAからは、私の第2戦をいつにするのか、すごく慎重に考えていると伝えられました。インターネットなどによるバッシングが今後の審判活動に与えるリスクを、彼らはとても危惧していました。『もし第2戦で何か起きれば、あなたのレフェリーライフは終わってしまう。その岐路に立たせるべきかどうかを迷っている』、と。リスペクトにあふれるFIFAの温かい想いを感じました。私はそのとき『大会の成功のためのベストを選んでください』と答えました」
結果として、西村はこの大会で主審としての追加アポイントを受けず、第4の審判として3位決定戦まで大会を支え続けた。
「それでも、FIFAは我々を最後まで必要としてくれました。もし3位決定戦の対戦がブラジル対オランダでなければ、我々に試合を割当てる予定だったと言われました。最終的にその試合も第4の審判でしたが、試合後にFIFAの役員から『ユウイチ、お前が主審だったら……絶対に正しく判定して退場者を出していただろうな。やっぱりきょう吹かなくて良かったんだよ』と笑い合えました。FIFAは私のキャリアを必死に守ろうとしてくれたんです」
大会後、一つの疑問が残った。これほどまでにFIFAから信頼されていた西村を、なぜFIFAはレフェリーインストラクターなどとして組織に取り込もうとしなかったのか。
「実は、FIFAのインストラクターになるためには、国際審判員を退いてから1、2年以内にその決断しなければならないというレギュレーションがあったんです。結果的に私は2014年で国際審判員を終えたのち、2024年までの10年間、国内で審判活動を続けることとなります。これはFIFAが私を守ってくれたからこそ、日本で自分の背中を後輩たちに見せ続けることが、FIFAの想いに対して自分の果たすべき役割であると考えたからです」
FIFAもまた、西村のその心意気に粋な形で応えた。西村がすでに国際審判員を退任しているにもかかわらず、競技規則に差し込む写真に、あえてFIFAワッペンの年号を消した西村の写真を掲載したのだ。「ユウイチ、忘れていないぞ」という無言のメッセージ。西村は2024年、その長い旅路に終止符を打った。
「レフェリーの能力を、フィールド上だけで完結させてはもったいないと思っています。サッカーを通じて培ったマネジメントのチカラを、日常の、社会のフィールドでどう発揮するか。例えば、組織にひとりレフェリーがいたら……、その組織の運営はきっと良くなる。そうやって社会に価値を還元できて、初めて本来の意味があるのではないか。審判活動を通じて社会に貢献することで、自分の人生を幸せで豊かなものにできると思っています」
日本のレフェリーがワールドカップのピッチに立つ。それは決して「普通」のことではない。そこには技術を超えた人間力と、長い年月をかけて築かれた信頼の物語がある。次の大会、誰がその誇り高いユニフォームに袖を通し、どんなドラマを創りだすのか。西村が残した「背中」は、今も静かに次世代の進むべき道を照らしている。
(森雅史 / Masafumi Mori)

森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。
















