元日本代表、驚きの第2の人生「行くしかない」 プロ20年も…見られなかった「世界」

西大伍「先のことは分かんない。まずは世界一周をしている間に考えます」
2022~23年夏にかけて古巣・北海道コンサドーレ札幌に復帰したものの、華々しい活躍は叶わず、最終的にはいわてグルージャ盛岡で現役引退を決めた元日本代表の西大伍。
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2026年になり、これまでキャンプに行っていた時期にトレーニングをしないという異例の日々を過ごしたが、「サッカー以外にやりたいことがたくさんあるから、時間がある日々というのはすごくポジティブ。もうじき60歳になるのにまだ現役を続けているカズさん(三浦知良=福島)はホントにすごいですね」と発言。第2の人生にワクワク感を抱いている様子だ。(取材・文=元川悦子/全7回の最終回)
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38歳にして“自由人”となった西が最初に乗り出そうとしているのが、世界一周だ。1月末に日本を発って、最初はニュージーランドに向かったという。
「まずはアジア・オセアニアからと考えていて、ニュージーランドからオーストラリアに回ってアジアに行きますね。その後、アフリカ行って、欧州に行って、2026年北中米ワールドカップ(W杯)の頃にアメリカに入るイメージです。
アメリカへ行ったらもちろんW杯も見たいけど、メキシコとかもブラブラして、南米に行くかどうかは考え中です。マチュピチュの遺跡とかはすごくいいって聞きますよね(笑)。そこまで行くなら、ブラジルやアルゼンチンも足を伸ばしたいかな。ブラジルだったらいろんな仲間がいるから泊まるところは困らないだろうし、今まで知り合った仲間のところを1つ1つ訪ねるのもいいかな。
今、超円安なのがネックですけど、行くしかないですね。僕は汚いところがダメだから、バックパッカー的な旅行は考えてない。泊まるところもそれなりのグレードを確保します」
彼は彼なりのスタイルで未知なる異国を踏破していく構えだ。同世代は海外でプレーしている選手も少なくないが、自身は国内だけで20年間を過ごした。その分、「引退したら世界を巡りたい」という思いがひと際強いのだろう。鹿島アントラーズ時代の同僚・昌子源(町田)も「世界一周に行くっていうのは大伍くんらしい」と笑っていたが、その行動力は本当に頼もしい限りだ。
「現役時代に世界を見ることができなかった僕にとってこの旅は本当に大きな意味があること。その後、何をするかは全く見えていません(笑)。今、YouTube配信とコーヒー屋(West coffee stand)の経営をしていますけど、生きていくという意味ではたぶん、職に困る時代じゃないと思うので、何でもできるかなと楽観的に捉えています。
料理人や大工さんなどの仕事にも興味があります。修業は必要ですが、本気でやりたいと思えば何でもできると思います。とはいえ、料理は全くやらない(苦笑)。そういうことも含めて新しくいろんなことを見たり感じたりしたいですね。世界一周でまた出会う人がいるだろうし、そこから何かが開けるかもしれない。自分がどういう人生を切り開いていくのかすごく楽しみですね」
西はどこまでも自分流を貫く考えだ。
「僕はまだ何をやりたいかという方向性を見定められていないから、今すぐに指導者という仕事をしようとは思えていない。JFAの指導者ライセンスも現役中にC級を取ったんですけど、リフレッシュポイントを取らないまま失効してしまいました(苦笑)。
本気で指導者になりたいと思ったらまた取るかもしれないけど、本当に先のことは分かんない。まずは世界一周をしている間に考えます。そういう時間を持てるのも、幸せなサッカー人生を送れたから。そういう意味では本当に感謝したいですね」
何物にも縛られない独自の生き方が西の性に合っているのだろう。もしかすると、半年後のW杯では、恩師の1人である日本代表・森保一監督にインタビューしているかもしれないし、1年後には海外移住を決断している可能性もある。
実際、赴くというニュージーランドには、同い年の元日本代表・高橋秀人がいるし、オーストラリアにも鹿島時代の先輩・田代有三(JFA国際委員)がいる。彼らのように異国で新たな拠点を築き、プレーしながら働くというのも一案だ。ここから40代へと向かっていく西大伍の生きざまを興味深く見守っていきたいものである。
「YouTube配信があるので、僕がどこで何しているかはチェックできると思いますよ(笑)。W杯もどこかの会社が仕事を振ってくれたら嬉しいですね。楽しみにしていてください」
こう目を輝かせる西のピッチ外での一挙手一投足を今後も注視すべきだろう。(全7回完)
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。





















