“5万人の衝撃”がもたらした「価値」 400年待ち…特別な忠誠心が生んだ夢舞台「多くの気づきが」

UEFAユースリーグに観客5万人が集結【写真:ロイター】
UEFAユースリーグに観客5万人が集結【写真:ロイター】

UEFAユースリーグに5万人の観衆が集まった

 特別な舞台は育成に何をもたらすのだろうか。

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 2月5日に5万人の観衆が詰めかけたスタジアムで行われたケルンU-19とインテルU-19の一戦は、単なるユース年代の国際試合以上の意味を持っていた。

 舞台となったのは、普段はプロの試合が行われるライン・エネルギースタジアム。大会はユース年代のCLと言われるUEFAユースリーグである。当初はCL出場クラブと同じ組み合わせで行われていたが、現在はUEFA加盟国の国内ユース大会優勝チームも出場権を得ている。ケルンはドイツ王者として参戦した。

 試合は3-1でインテルが勝利を飾った。ケルンU19も大観衆の声援を背に勇敢に戦ったが、あと一歩届かなかった。

 普段プロの試合会場で、UEFAユースリーグ最多記録となる5万人もの観客の前でプレーできる喜びと興奮は、計り知れないものがあったはずだ。それにしても、なぜこれほど多くのファンが集ったのだろうか。

 ケルンファンのクラブへの忠誠心は非常に深い。シーズンチケットは2万5500枚あるが、これを返上するファンはほとんどいない。クラブ関係者によれば、現在キャンセル待ちリストに名を連ねるケルンファンは1万人以上。毎年25人がシーズンチケットの更新キャンセルを想定しているが、最後尾の人がチケットを手にするまでには実に400年以上かかる計算になる。1部から2部へ降格したシーズンでさえ、空きが生まれるのは10数枚分だけだ。

 対策としてクラブは、シーズンチケットを使用しない場合に強制返還させる措置を始めている。それでも、クラブ愛を持つ人の方が圧倒的に多い現状は変わらないだろう。

 クラブを愛するファンで埋め尽くされたスタジアムでプレーする。多くの選手がそれを「夢の舞台」と口にしていた。実際、多くの選手にとってサッカー人生で1度きりのハイライトになる可能性が高い。育成アカデミーでU-19まで残れても、そこからプロ契約に至るのは各年代で1〜2人ほど。さらに長くプロの世界で活躍できる選手はごくわずかだ。

 だからこそ、この舞台の意味は二重である。未来のプロ候補にとっては試金石となり、そうでない選手にとってはキャリアの頂点になり得る瞬間でもある。どちらか一方ではない。

 ドイツの育成アカデミーには確かなコンセプトがあり、多くのクラブでは学業や資格取得が優先される。この試合でも学校行事を終えてから試合直前に合流した選手が2人いた。「大事な試合があるから学校行事をキャンセルさせる」という権利はクラブ側にはない。プロ一本ではない人生設計を前提に育成に取り組んでいるからだ。

 この思想は、育成の軸を結果ではなく日々の過程に置くことと直結している。

 実際、ピッチ上で選手たちは雰囲気に飲み込まれてはいなかった。インテンシティは高く、プレッシングは規律的。ボールを奪えば素早く前進し、難しい局面では無理をせず保持を選択する。大観衆の高揚感の中でも、自分たちのプレー原則を崩さなかった点は評価できる。

 ケルンU-19のキャプテン、ヨナタン・フリンメルは「普段の試合より緊張したり、試合に入りにくいということはなかったです。試合前は少しドキドキしましたが、ピッチに立つと自分のリズムでプレーできました」と振り返った。

優れた大会=優れた育成ではない

 だが、特別な環境は常にプラスに働くとは限らない。鳴り響く声援はチームにダイナミズムを与え、プレスの強度を一段引き上げる。終盤になると高揚感はさらに増し、曲がれない、止まれない状態を生み、試合を落ち着かせる判断を難しくしていく。

 ケルン育成ダイレクターのマルクス・ハルフマンは試合後、こう指摘していた。

「インテルの関係者と食事をしましたが、彼らも『うちの選手たちがどう反応するか分からない』と言っていました。初めての経験ですし、試合ではアドレナリンが出ますから」

 実際、終了間際に連続ゴールで試合を決めたインテルの選手が、興奮状態のままケルンファンに向かってガッツポーズを繰り返す場面があった。プロの試合であれば挑発行為として戒められるだろう。しかしハルフマンは「いいことではありませんが、彼らはまだ若者」と語り、特別な環境がもたらす影響に理解を示していた。

 ここで問われるのは、こうした特別な舞台をどれほど増やすべきかという点だ。特別な経験を積ませれば強くなるのか。それとも日常の積み重ねこそが本質なのか。

 もし特別な舞台そのものが目的化すれば、結果が優先され、育成世代にとって最も大切なプレーの質を高める時間と環境が削られる危険性もある。勝つための最適解だけを追い求めることが、長期的な成長や人間的な成熟と一致するとは限らない。

 育成の未来とは、新しい大会を作ることだけではない。盛り上がれば盛り上がるほど良いという単純な話でもない。大会の価値が大きくなればなるほど、「優れた大会=優れた育成」という図式では語れなくなる。

 改めて言うが、特別な舞台には確かな価値がある。欧州でも多くの若者にとって学生生活の終わりと重なるこの年代は、ここまで積み上げてきたものに区切りをつける時期でもある。日本の高校サッカーでも、人生の節目と競技の節目が重なり、「本気でサッカーと向き合える時間」という価値が膨らむことで、単なる勝敗を超えた物語が生まれ、数多くの観衆を惹きつけている。その舞台が持つ意味は確かにある。

「クラブの立場として言えるのは、選手たちにとって信じられないほど大きな経験だということですし、クラブとしてもこの試合から非常に多くの気づきを得ています。こういう試合はもっと多くあったほうがいいかもしれない」

 ハルフマンもそう語っていた。

 重要なのは、日常と特別を切り離さない設計である。日々のトレーニング、国内リーグでの試合、学業との両立。たとえ全員がプロになれなくとも、次のステージへ進むための現実的な道が失われないように考慮されなければならない。その延長線上に大舞台がある。その行き来の中で得る多様な経験こそが、選手にとって最大の学びとなる。

 この日の5万人は確かに衝撃だった。だが本当の価値は、その衝撃を日常へ持ち帰り、次の一歩へと還元できるかどうかにある。

 ケルンU-19対インテルU-19の一戦は、そんな育成の本質を改めて考えさせる試合だった。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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