雑念を振り払ったスーパージョーカー「受け入れること」 追いかける兄の背中「示してくれた」

筑波大3年生の篠田翼【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
筑波大3年生の篠田翼【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

筑波大3年MF篠田翼「この役割に徹しよう」

 筑波大学の優勝で幕を閉じた第74回全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)。今年は全国7地域のリーグ戦で上位となったチームが12月8日に一発勝負のプレーオフを戦い、勝者が関東王者の筑波大学、九州王者の福岡大学、関西王者の関西学院大学、東海王者の東海学園大学がいるそれぞれのリーグに入って決勝ラウンドへ。敗者が強化ラウンドとなるリーグ戦に移行するという方式で覇権を争った。

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 ここではインカレで輝いた選手たちの物語を描いていく。第25回は9年ぶり10回目の優勝を手にした筑波大学の3年生MF篠田翼について。準決勝では1学年上の兄・大輝(日体大4年、長野パルセイロ内定)との兄弟対決を自らの決勝弾で制し、決勝でも途中出場で流れを引き寄せたアタッカーが苦しみながらも受け入れたものとは。

「この大会はまず『受け入れること』からのスタートでした」

 今季、篠田は関東大学サッカーリーグ1部でもベンチスタートが多かった。1年生でリーグデビューをしたが、2年、3年とリーグ戦ではなかなかレギュラーに定着することはできなかった。

 それでもボールを持った時の質の高い仕掛けと、一瞬のスピードでラインブレイクをしてゴールに迫っていくプレーで、今季はリーグ15試合に出場。後期はリーグ初ゴールを含む2ゴールをマークした。

「インカレはなんとしてもスタメンで出たいと思っていた」と覚悟を持って臨むと、スタメン出場を果たした決勝ラウンドグループリーグ第2戦の東海大学戦で決勝点をマーク。だが、第3戦の阪南大学戦では再びベンチスタートとなり、後半18分から途中出場した。

「インカレに入って個人的にもかなり調子が上がっている手応えがあったので本当に悔しかった」

 決勝トーナメントに入る前に戸田伊吹ヘッドコーチと話す機会があった。そこで自分の思いを素直に伝えると、「気持ちは分かる。でも、チームの勝利のためにジョーカーとして流れを変えて欲しい」と真剣な眼差しで言われた。

「戸田コーチは僕の調子が良いということを分かっていて、その上で僕を切り札として信頼をしてくれている。それはずっと感じていましたし、戸田コーチも考えてくれた上で僕を起用してくれているのを改めて感じたので、この役割に徹しようと思えました」

 この瞬間、雑念は振り払われた。昌平高時代はチームの中心にいたが、筑波大ではこれまでずっと苦しんできた。

 それでも、どんな短い時間でも常に準備をし続けてきた。試合の流れを読み取って自分を発揮するということを創意工夫しながらやり続けたことで、投入されるタイミング、試合状況で自分が何をするべきか整理できるようになった。その力に戸田ヘッドコーチを始めとしたスタッフは信頼を寄せていた。その流れの中でジョーカーとしての役割を全力で全うするマインドに切り替わったことで、より能力が発揮されるようになった。

 準々決勝の大阪体育大戦、0-0で迎えた後半21分に投入されると、同39分にゴール前のこぼれ球に反応。鮮やかな切り返しでDFを交わして右足を一閃して値千金の決勝弾をマークし、チームを準決勝へと導いた。

 兄弟対決となった日本体育大戦では後半15分に投入されると、2-0で迎えた後半アディショナルタイムにFW小林俊瑛の浮き球のパスにタイミングよく抜け出し、鮮やかなトラップから飛び出してきたGKの脇を破る右足のシュート。ボールはゴールラインギリギリのところでカバーに入ったDFに掻き出されたが、ボールは詰めていた小林の目の前に転がり、試合を決定づける小林の3点目に繋がった。

「すべては自分次第なんだな」

 そして国士舘大との決勝戦。MF大谷湊斗の先制点の直後の後半25分に右サイドハーフとして投入されると、この勢いに加速を付けるべく、1.5列目から積極的に飛び出して国士舘大のハイラインの裏を狙った。

 投入直後の同26分、GK佐藤瑠星(浦和レッズ内定)のロングキックをFW山下景司が競り合ったこぼれを加速した状態で拾い、大谷とのワンツーからラインブレイクをしてGKと1対1になると、飛び出してきたGKをかわしてから冷静にファーサイドのMF山﨑太新(大分トリニータ内定)へ正確なクロス。山﨑のシュートはDFに当たり、左ポスト内側を叩いた。

 迎えた同42分、相手GKのゴールキックの跳ね返しのボールに反応した篠田は、抜群のタイミングで裏に抜け出した大谷の動きを見逃さなかった。

「競り合ったあとのセカンドボールは常に狙っていたので、すぐに反応ができましたし、反応した瞬間に湊斗の呼んでいる声と姿が見えて、その裏に大きなスペースがあるのも見えました」

 センターライン手前の位置から迷わずダイレクトで浮き球のロングパスを大谷の前のスペースに送り込む。これを大谷がDFと競り勝って完全にGKと1対1になると、飛び出してきたGKを交わして無人のゴールに流し込んだ。

 3試合とも試合を決めるゴールに絡むという、スーパージョーカーとして攻撃の勢いをチームにもたらした。彼の仕事人ぶりがチームを9年ぶり10回目の優勝に導くとともに、彼自身も大きなものを手にした。

「大学に入って途中から出る難しさはずっと感じていて、ゲームの入り方とか、アップの仕方、投入される際に良い状態に持っていくコントロールなどは自分なりに良くなったなとは思う。いつも『点をとってこい』と言われて投入されるので、チャンスメークや自分が点を決める良いイメージが持てるようになったとこの大会を通して感じました」

 役割を全うしてこそ見えてくる世界がある。全身全霊でその役割に取り組むことで生まれてくる確固たる意志がある。

「すべては自分次第なんだなとも思いました。中途半端な気持ちでやったら、手に取れるものも取れなくなる。必死で『必ず掴み取る』という気持ちでやらないと先は開けないと思いました。それは自分の兄が今年1年間、僕に示してくれた姿勢でもある。兄は4年生の夏を過ぎても進路が決まらず、相当焦っていたし、10月まで未定だったので相当不安もあったと思う。メンタルが不安定になってプレーも安定しなくなる状態になっていてもおかしくないのに、兄は最後まで『チームのために』というマインドでプレーし続けたのは本当に凄いと思う。だからこそ、長野内定を勝ち取ったし、インカレでも得点王に輝いた。僕もその姿勢を見習いたいし、その一方で兄に個人成績で負けた悔しさ、決勝トーナメントをスタメンで出られなかった悔しさがあるので、それも絶対に忘れないように、来年はスタメンへの強い思いと、チームのためにという確固たる気持ちを持って挑みたいです」

 受け入れて徹したことで、多くのものに気づき、学びを得た。この学びは大きな財産になったことは間違いない。不動心を持って、篠田翼は大学ラストイヤーに足を踏み出す。

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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。

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