「もしかすると」で生まれた奇想天外プレー 本当は”ミス”… 同僚が2度も衝撃「本当に19歳なのか」

サンフレッチェ広島の中島洋太朗【写真:徳原隆元】
サンフレッチェ広島の中島洋太朗【写真:徳原隆元】

ルヴァン杯で衝撃弾を決めた広島MF中島洋太朗

 相手チームだけでなく、スタンドを埋めたファン・サポーター、SNS空間、さらにはチームメイトたちをも驚かせる。8日の横浜FCとのYBCルヴァンカップ準決勝第1戦で、ゴールへの予感がまったく漂ってこない状況から異次元のゴラッソをゲット。サンフレッチェ広島を先勝に導いたホープ、中島洋太朗が秘める底知れぬ才能を、アシストがついた36歳の大ベテラン、DF塩谷司の言葉を介してあらためて紐解いた。(取材・文=藤江直人)

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 サンフレッチェ広島のDF塩谷司は、わずかな間に2度も仰天させられた。

 最初は敵地・ニッパツ三ツ沢球技場のピッチ上で。次は8日の横浜FCとのYBCルヴァンカップ準決勝第1戦を2-0で制し、3シーズンぶり4度目の決勝進出へ王手をかけた直後のロッカールームで。百戦錬磨の36歳の大ベテランを驚かせたのは19歳の逸材、シャドーの中島洋太朗が見せた異次元のプレーだった。

 塩谷が苦笑しながら「特にそういった話は(キックオフ前に)していなかったんですけど……」と切り出した場面は、両チームともに無得点で迎えた前半33分に訪れた。ハーフウェイライン後方の自陣の右サイドで、DF荒木隼人からパスを受けた塩谷はまずルックアップ。そして右足を思い切り振り抜いた。

 選択したプレーは前線へのロングパス。ターゲットは左サイドを駆けあがっていった中島だった。

「洋太朗が本当にいいタイミングで動き出していたのと、その前に広がるスペースも見えていたので」

 対角線上を切り裂いた低く、速いロングパスが、約50メートル先にいる中島をさらに縦へと加速させる。次の瞬間、中島は奇想天外なプレーを選択する。最高到達点から落ちてくるパスを、自身のスピードを落とさずに胸でワンタッチ。さらに前方へとボールを運んで、一気に相手ペナルティーエリア内へと侵入していった。

 慌てて追走してきた横浜FCのDF伊藤槙人を置き去りにした、神業のような胸トラップを期待してパスを出したのか。それとも、単純に相手の最終ラインの裏のスペースを狙ったのか。再び苦笑しながら「僕がパスを出すタイミングもよかったけど……」と切り出した塩谷の答えは、言うまでもなく後者だった。

実はミスをしていたトラップ

 この間、中島本人は何を考えていたのか。一連のプレーのなかで、実はミスをしていたと打ち明ける。

「シオさん(塩谷)と目が合って『パスが来る』と思ったので走っていったら、ちょうどいいボールが来て。でも、トラップがちょっと長くなってしまい、どうしようかなと思ったんですけど……」

 こう振り返った中島が次に選択したプレーに、非凡な才能のすべてが凝縮されていた。

「まあ(シュートを)打ってみようと思って。そこはうまく意表を突けたと思っています」

 相手ペナルティーエリア内の左側でボールを収めた中島の背後に、必死に追走してきた伊藤がマークについた。それでも中島は主導権を渡さない。相手ゴールに背を向けた体勢から、縦方向へ揺さぶりながらボールをキープ。さらにわずかな間にボールをゴールからやや遠い場所に置いた。すべてはシュートへの予備動作だった。

 そこから先の中島のプレーを、ロッカールームで映像越しに確認した塩谷は再び我が目を疑った。

「先ほどちょっと(映像を)見ましたけど、あそこを決める洋太朗は本当にすごいな、と。あの狭いところをしっかりと決める彼の能力の高さは、本当に19歳なのかと思いました。いや、頼りになりますよね」

 トラップした直後から「シュートを打ってみようかな」とイメージを膨らませていた中島は、迷わずに左足を振り抜いた。ここでさらに2つのポイントに驚かされる。ひとつは中島の利き足は右足という点。もうひとつは「相手のゴールキーパーの位置は見えていなかったんですけど……」と打ち明けた点だ。中島が続ける。

「状況的にニアへ(シュートを)打ったらもしかすると、と思ったので打ちました」

 ピッチ上を這う鋭い弾道があっという間に伊藤の左側を通過。ファーへのパスも警戒しつつ、同時にニアのスペースをも消していた横浜FCのGK市川暉記もわずかに腰を落とし、右手をちょっとだけ伸ばしただけでまったく反応できない。左ポストに当たったボールは、そのまま横浜FCのゴール内に転がっていった。

 湘南ベルマーレのホーム、レモンガススタジアム平塚に乗り込んだ9月3日のルヴァンカップ準々決勝第1戦を思い出さずにはいられなかった。1-2とリードされて迎えた後半41分。途中投入されていたFW木下康介の同点ゴールを導いたのも、高度なテクニックと明確なメッセージが込められた中島のスルーパスだった。

先月の準々決勝第1戦でもスーパープレー

 ハーフウェイライン付近で弾んだ直後。もっとも近い距離にいた中島はワンタッチパスを、湘南の選手の誰もが想像できない形で木下の前へ通した。上半身をやや左へ傾けながら、落ちてくるボールに対してボレーシュートを放つような体勢で右足を水平方向に振り抜く。しかも意図的にボールの下っ面を優しくタッチさせた。

 このとき中島はスルーパスにバックスピンをかける青写真を瞬時に描き、完璧な形で具現化させていた。ワンバウンドした後に球足が伸びないパスに合わせて全力でスプリントし、湘南の選手たちに追いつかれる前に左足でニアを撃ち抜く同点ゴールを決めた木下もまた、中島の底知れぬ才能に驚嘆の声をあげた。

「自分が相手よりも早くボールに触れたなかで、シュートのコースもすぐに決められました。パスにバックスピンがかかっていたからこそ、相手キーパーも前へ出づらかったと思います。もしもあれが普通のパスで、バウンド後に流れていったらキーパーが一歩早く前へ出てきただろうし、ニアのコースも空かなかったはずなので」

 そして中島本人はこのときも、朴訥とした口調でスーパープレーを振り返っている。

「足元でパスを受けるのではなく、(相手ゴールへ向かって)ちょっと流れながら迫っていってほしいと思っていたので、自分のパスが強くなりすぎないようにバックスピンをかけた、という感じでした」

 一方で驚かなかった味方選手もいる。今シーズンに湘南から加入したMF田中聡はこう言って笑った。

「洋太朗ならあのくらいのプレーはいつも練習でしているので、アイツらしいと思いました」

 南米チリで開催されているFIFA・U-20ワールドカップに臨むU-20日本代表に選出。底知れぬ才能を今度は世界の舞台で発揮すると期待された中島だったが、9月16日のメルボルン・シティとのAFCチャンピオンズリーグ・エリート(ACLE)リーグステージ初戦で予期せぬアクシデントに見舞われる。

 ダメ押しのチーム2点目を決めた直後の後半38分に相手選手と接触。頭部を打って交代を余儀なくされた中島は、今年に入って2度目の脳震とうを起こした疑いもあると報告され、日本サッカー協会(JFA)は中島の体調を最優先させてU-20ワールドカップへの招集を断念した。中島は横浜FC戦後にこう語っている。

「それでも広島で試合に出られるようになったので、広島のために戦うだけだと思ってきました」

 横浜FC戦で決めたスーパーゴールは、頭部打撲から復帰後で初めて決めた一発でもあった。ベスト16で敗退したU-20代表の仲間たちの力になれなかった無念さを、身長175cm・体重68kgの身体に宿るポテンシャルをさらに花開かせる触媒に変え、対戦相手だけでなく味方をも驚愕させるプレーをこれからも披露しながら、中島はJ1リーグ戦、ルヴァンカップ、天皇杯、ACLEを並行して戦う広島をけん引していく。

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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