神戸イニエスタにまさかの結末 夢を与えた楽天の魅せる戦略に“足りなかったもの”とは?
【識者コラム】J1首位を走る神戸、予想以上の結果から苦渋の決断
アンドレス・イニエスタがヴィッセル神戸を去ることになった。日本のピッチでも十分に期待に違わぬパフォーマンスを見せていただけに、まさかの結末だった。
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前年苦境に立たされた神戸はシーズンに3度も指揮官を代え、最後にバトンを託された吉田孝行監督はクラブを窮地から救い上げる即効性のある解決策を採る。イニエスタもセルジ・サンペールも離脱した状況を考えれば、従来のポゼッションスタイルを貫くより強度を上げ全体でのハードワークへと活路を求めるのは自然な流れだった。
しかしこの戦い方は予想以上の結果を導き、実際に現時点でJ1の首位を走っている。勝っているチームを敢えて動かすわけにはいかないという判断で、そのままイニエスタはベンチに座ることになった。それを裏づけるのが、イニエスタ自身による「監督の優先順位が違うところにある」という発言だった。
クラブが破格の投資をして多くのファンを獲得し、しかも深く愛されている象徴的な存在をピッチに立たせないというのは、指揮官にとっても苦渋の決断だったに違いない。そもそも楽天がイニエスタの獲得に動いたのは、勝つこと以上に魅せることを追求し、Jリーグに失われがちだった夢を与え起爆剤としたかったからだろう。
一方でイニエスタの存在は、強度を高めてハードワークを追求する今の戦い方に必ずしもマイナスになるとは限らない。確かにイニエスタに、継続的なハードワークは見込めないかもしれない。しかし絶対にボールを奪われない技術や、決定機を導く確率はいずれも傑出している。守備面でも狙いを定めた時の巧みなボール奪取は熟達しており、そこは間違いなく神戸ならではのセールスポイントだった。
日本のサッカー界では「チーム一丸となったハードワーク」が当然のように流行っているが、それは本来全員が同じタスクを背負うことで成り立つわけではない。むしろ個々が特徴を最大限に出し合うことで高めていけるはずで、象徴的だったのがリオネル・メッシの運動量を周辺の選手たち全員で補い、逆にエースの長所を際立たせたアルゼンチンの世界制覇だった。
理想追求型の戦略家もセットで用意する必要があった楽天の戦略
もちろん身近で接し続けた吉田監督も、イニエスタには最大限の敬意を表している。
「トレーニングからゴールに迫るアイデアなどが素晴らしく、ピッチ外でも怪我をしていてもキャプテンとしてチームを助けてくれた」
しかしこれほど突出した個を活用し切れず、逆に勝ち点を重ねている現実を見ると、今後は楽天スタイルの強化方法をなぞるクラブは現れてこない可能性が高い。Jリーグは牽引車となるクラブの出現を促すために、賞金の均等配分を止めた。だが全員に同じようなハードワークを求めるなら、トップシーンでのキャリアを終えたベテランスターの補強は得策ではない。それは過去にワールドカップで得点王になったディエゴ・フォルランを獲得しながら、結局は前線からの守備が足りないとメンバーから外したセレッソ大阪の矛盾に満ちた補強プランにも通じている。
もし一律ハードワークや資金面の効率を追求するなら、現在最も成果を挙げているのが浦和レッズなのかもしれない。欧州の中堅国でブランド国へのステップアップの機会を逃した働き盛りの選手たちは、ブラジルを中心とする南米勢と比べても格安なのだという。一方、J2で芽を出した有望株を獲得したり、アカデミー出身者を引き上げたりして、巧みに活用し戦術的なバリュエーションも増やしている。
スター選手を次々に獲得して来た楽天の戦略は、確かにファンに大きな夢を与えた。しかしその効果をピッチ上に落とし込むには、より柔軟で理想追求型の戦略家もセットで用意する必要がある。せっかくイニエスタほどのスターを抱えながら、結果至上で手放すことになった神戸の現実を見れば、ますますJの舞台で夢を見るのは難しくなりそうである。
加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。