ドイツは日本サッカーの救世主? アマチュア弱小国に示した破格の厚意、W杯初戦で強豪を倒す“恩返し”のシナリオは?

ドイツ選手が持つ鎌田や遠藤へのリスペクト、状況次第では恐怖に形を変えて倍加も

 ただしドイツが凄いのは、勝ち続けてもしっかりと自浄作用が働いていたことだ。ドイツの育成改革は2000年のユーロでの敗戦が契機だと言われているが、実は優勝した1996年のユーロの時点でも連盟内では反省の声が渦巻いていた。

「ドイツが優勝できたのは、最後まで諦めない気持ちなど精神力が大きな要因で、創造性ではグループリーグで戦ったイタリアやロシア(どちらも敗退)にも劣っていた」

 この言葉を聞いたのは、当時ドイツのS級ライセンスの責任者からだった。こうして間もなく育成改革が全土に徹底され、2014年ブラジル大会で結実したのは周知のとおりである。

 だがこうして成功だらけのドイツにも、伝統国ならではの事情がある。ここまで成功が積み上がれば、その分失敗への恐怖も募る。2002年日韓大会では、初戦はサウジアラビアに8-0と大勝しながら、2戦目にアイルランドと分けると、途端にチームスタッフが「次負けたら大変なことになる」と狼狽し始めたそうである。

 90年イタリア大会でも、2年前の地元開催のユーロで敗れたこともあり「開幕前は全く自信がなくて誰も優勝を口にするような雰囲気ではなかった」(ギド・ブッフバルト)という。しかしだからこそタレント揃いの強豪ユーゴスラビアと顔を合わせる初戦に万全の準備を施し、4-1と快勝する。「あれでみんな自信が付いて優勝できたんだ」とブッフバルトは述懐している。

 ドイツには圧倒的な実績がある。しかしそれだけに些細な失敗が一大事になるリスクも抱えている。歴史を俯瞰しても、ドイツの失敗は欧州や南米以外の国との対戦が目立つ。前述のとおり、82年スペイン大会初戦ではアルジェリアに敗れ、世界中から非難を浴びる談合試合をする羽目になったし、前回ロシア大会でも78年大会では6-0で大勝したメキシコに黒星スタートとなり、3戦目には韓国に敗れて初のグループリーグ敗退が決まった。わずかな油断が焦燥を生み失敗につながる様子が浮き上がる。

 ドイツの修正力は抜きん出ている。まして主力がドイツでプレーする日本には要警戒で臨んでくるはずだ。もし序盤で寸分でも隙を見せるようなら、かつて90年大会でイビチャ・オシムが率いた旧ユーゴスラビア以上の痛手を被る危険性はある。ただしカップ戦は水物である。勝者のメンタリティーは、いったん綻びが生じれば、逆効果として脆さを生み出すこともある。ドイツの選手たちが過不足なく持つ鎌田大地や遠藤航へのリスペクトは、状況次第では恐怖に形を変えて倍加するかもしれない。

 ドイツに恩返しができるとすれば、そんなシナリオだと思う。

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加部 究

かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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