去就問題に揺れたケイン、残留の理由 248億円で売却約束…トッテナム会長“執念の読み”

バブル崩壊のサッカー界だからこそ、ケインはトッテナムで戦い続けるべき

 そんな経緯もあるなか、開幕直前の会見で、リバプールのユルゲン・クロップ監督が今夏の静かな補強策について聞かれて、「うちはマンチェスター・シティとは違う」と発言した。

 敵将がオーナーの潤沢な資金力を示唆したことを受け、ジョゼップ・グアルディオラ監督の会見で「クロップがこう言っているが」と質問が飛ぶと、スペイン人知将の顔色が変わった。そして「ウチのオーナーは必要な補強ならクラブの利益を削ってでも投資するという気概の人間。もしも不正があるというのなら、証拠を提示するべきだ」と言い放って、不快感を明らかにした。

 しかしこのペップのリアクションも、“痛いところを突かれた”と見るのは穿ち過ぎるだろうか。

 それに今夏のバルセロナの崩壊を見ても、こうした金に糸目をつけない補強はバブルが弾けた欧州サッカー界の経済トレンドから外れている行為でもある。

 さらに言えば、欧州サッカー界に取り巻く金満に対する一般の不信感と不快感は年々増すばかりという状況もある。特に英国ではその気分が強く、それがあの欧州スーパーリーグに反対する抗議運動の原動力にもなった。

 しかも最近のコロナ禍の影響で、世界中に経済的苦境を強いられた人間が溢れている。昨今のコロナ不況で貧困が広がる一方の世界的な経済事情を鑑みた場合、FFPに抵触する可能性の高さより、グリーリッシュに155億円、そしてケインにも250億円という金の使い方のほうが問題だ。

 400億円という金額は、まさに筆者のような凡人には天文学的数字で、想像もつかないが、そんな大金をシティはこのパンデミックのなか、たった2人の選手補強に費やそうとしていたのである。

 別に金満を叩く聖人を気取りたいわけではない。しかし世界中が世紀の好景気に沸くような状況ならともかく、現状のような一寸先が闇と言える状況で、将来に不安を抱く人々が街に溢れているというのに、一般英国人労働者の1万人分の年収に相当するような金額が、たった2人の補強のために使われると聞けば、不条理だという思いに駆られてしまうのだ。

 それに1万人の労働者が彼らや彼女たちの家族を1年間食わせることもできる膨大な金額は、そうした名もない一般の人々が心から愛するスポーツのために身銭を切ったものを積み上げたものだ。確かに一人ひとりが支払う金額は微々たるものだが、サッカー愛、チーム愛という善意に溢れた尊い金であることは疑いようもない。

 しかし昨今の欧州のビッグクラブは、そんな金をまさに湯水のように吸い上げ、まさにじゃぶじゃぶと使い、まだ足りないとスーパーリーグ構想まで持ち上げたのである。

 そんなわけで、個人的には今回のケインの移籍は全く歓迎できなかった。

 こんな時代だからこそ、ケインは物心つく前から愛したというトッテナムに殉じて、これからも地元の北ロンドンっ子を勇気づけ続けるべきではないか。

森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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