3年で引退、元浦和DFの第2の人生 部長職で奮闘「追い付くには努力しないと」

転機は知人との邂逅、「信用と信頼を勝ち取るまでが大変だった」

 04年だった。高校時代の友人が営む千葉市内のすし店で再会したことが、2度目の新天地へといざなった。サッカー好きの息子さんに、浦和時代のユニフォームなどをプレゼントしていた知人と偶然出会ったのだ。

 その人は現在勤務する会社の当時副社長で、転職の誘いをしてくれた。渡辺は「前の会社で5年間働いたので紹介者への義理は果たせたと思い、転職の意思を伝え承諾してもらった」と説明。05年4月から建装工業株式会社の正社員となり、東京・江戸川区の関東支店に配属された。

 同社は1903年(明治36年)に塗装専門工事業者として創業。塗装事業では大手の老舗で、マンションリニューアルでも事業を伸長させている。本社のほか全国に14の事業所を構えており、関東支店は塗装業だけを扱う事業所である。

 入社しておよそ3年間は、空になったペンキの缶をつぶしたり、事業主を集めて月に一度開催する安全協議会に出席したり、運転手をしたりと雑用に追われた。4年目からは、塗装工事の見積もりなども任されるようになった。

 取引のある清水建設や大成建設といった、元請業者であるスーパーゼネコンの所長(現場監督)に自分を売り込み、懇意にしてもらうことが仕事を成功させるための必須条件。かわいがってもらえば、渡辺の会社で雇っている塗装職人を使ってもらえるからだ。加えて所長と職人が仲良くなり、信頼関係を構築させることも重要な役回りとなる。

「協力会社の職人さんが所長さんに気に入られるかどうかは、僕らの力量にかかってきます。元請けさんとも協力会社とも上手にお付き合いしないといけない。信用と信頼を勝ち取るまでが大変で、13年くらいは現場に足を運んでいました」

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