C・ロナウドの“新記録達成”にチェコが異議 今も愛される「5000ゴールの男」とは?

鉄道駅の労働者として働かされていた時期も…

 ペピはウィーンにいた頃、オーストリアはナチス・ドイツに併合されている。その時はナチスへの入党を断った。そして今度は共産党への協力を拒否したため、プラハにいられなくなり地方クラブへ移籍した。しかし、移籍先の地方でも共産党に睨まれて街を追われてしまうのだ。メーデーのパレード参加要請をペピは断った。これだけでも共産党の不興を買ったに違いないが、ある事件が起こってしまう。

 パレードでは拡声器を使って大統領の名がコールされていた。すると集まっていた人々はペピの名をコールし始め、拡声器のコールをかき消してしまった。ペピはその場にいなかったにもかかわらず、街からの即刻退去を命じられる。地元の労働者50人はペピに街に留まるよう説得し、そのためにストライキを決行すると言い出したが、それでは逆に監禁されるだけだと思ったペピはプラハへ戻ることにした。

 42歳で引退した後は指導者として一時的にベルギーのクラブの監督も務めたが、資産は没収され、鉄道駅の労働者として働かされていた。ようやく1989年に共産党体制が崩壊した後、一部の資産と名誉が返還された。2001年に88歳で亡くなっている。

(西部謙司 / Kenji Nishibe)


page1 page2

西部謙司

1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング