愛されたフランクフルト主将、シーズン中に異例の引退 決断の裏にあった苦悩とは?

試合後、チームメイトに胴上げされるフランクフルト主将ダビド・アブラハム【写真:Getty Images】
試合後、チームメイトに胴上げされるフランクフルト主将ダビド・アブラハム【写真:Getty Images】

【ドイツ発コラム】34歳の主将アブラハム、異例の現役引退にあった家族の存在

 元日本代表MF長谷部誠と日本代表MF鎌田大地が所属するフランクフルトのキャプテン、ダビド・アブラハムがプロ選手としての現役生活に別れを告げた。

 プロとして466試合に出場。フランクフルトでは178試合でプレーしてきた。体力的な限界ではない。シーズン中にレギュラー選手が、主軸選手が、それもキャプテンがチームを離れる決断をしたというのは異例なことだろう。「なぜこの時期に?」と理解を示せない人もいるかもしれない。

 プロサッカー選手という職業はプレーしてなんぼだ。ただ、それはプレーをするためにすべてを犠牲にしなければならないということではないはずだ。人にはそれぞれ優先順位があるし、それぞれの価値観がある。それぞれの状況や解釈でいつ、どこで、どんな決断が下されるのかには未知数なものが多いかもしれないが、でも一つ一つの決断の裏には間違いなく無数の葛藤と苦悩があったりするのだ。

 アブラハムにとって、今何より大事だったのは家族との、特に4歳となる息子アルフォンソ君との時間だ。パパと遊びたい、話がしたい、ボールを蹴ったり、ご飯を食べたり、なんでもないありふれたことを普通に一緒にしたい――。そんな息子の思いを、親が真正面から受け止めたのだ。

「僕がアルゼンチンに戻ってもっと多くの時間を一緒に過ごせることを、息子はすごく楽しみにしてくれているよ。僕も楽しみでしょうがない」

 引退について真剣に考え出したのは、昨季UEFAヨーロッパリーグ(EL)で準決勝に進出した時。惜しくも決勝進出を逃した後、監督のアディ・ヒュッターに「今季がラストシーズンになると思う」と告げたという。ただ本当だったら20年5月にプロ生活に別れを告げるつもりだったが、新型コロナウイルスの影響でサッカー界は混乱の中に落ち込んでいた。アブラハムはもう半年プレーを続け、クラブのために力を尽くそうと決断した。クラブが自分の後継者を見つけ、順応するための時間を作り出し、そしてちゃんと橋渡しをしてから去ろう、と。

「6年前フランクフルトに来た時、こんなに長い旅になるとは思っていなかったんだ。本当に多くの素敵な思い出がある。別れは、とてもつらい。ただ普段であれば、ある程度頻繁に家族もフランクフルトを訪れることができていた。でもコロナ禍ではそれもままならない。2020年、僕は息子と6週間しか一緒にいられなかった。フランクフルトに友だちはもちろんたくさんいるんだけど、でも家族と遠く離れて1人でいるというのは簡単なことではない。やっとまた息子と、家族との時間を楽しむ時間をもつことができる」

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中野吉之伴

1977年生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで様々なレベルのU-12からU-19チームで監督を歴任。2009年7月にドイツ・サッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU-15チームで研修を積み、2016-17シーズンからドイツU-15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。『ドイツ流タテの突破力』(池田書店)監修、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)執筆。最近はオフシーズンを利用して、日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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